2019年にNetflixで配信されたドキュメンタリー番組が話題となり、世界的な有名人となった近藤さん。いまや「KonMari」と、彼女が提唱した「ときめくこと=SPARK JOY」の言葉は海外で定着したが、「3人目の子どもができて、片づけはあきらめた」との発言が話題になったことも。このたび「片づけ」を教養のひとつとして形にした彼女に、人生を変える極意について聞いた。
世界の「KonMari」
著書『人生がときめく片づけの魔法』(河出書房新社)は世界40か国で翻訳され、累計発行1400万部を突破。独自の片づけ法「こんまりメソッド」により、世界で最も有名な日本人として知られている、片づけコンサルタントの近藤麻理恵さん。
今年5月にはジャーナリストの池上彰さん責任編集の「明日の自信になる教養」シリーズにおいて、教養という視点から『部屋も心も整う 片づけ学』(KADOKAWA)を上梓した。
「これまで、片づけは個人的なものであり、身の回りのものを片づける、それによって人生がときめくというメッセージを発信してきました。けれども今回は池上さんと編集会議をしたことで、片づけの歴史、日本の片づけと海外との違い、片づけが環境にどう影響するかという新しい分野に目を向け、片づけと社会の間にあるつながりを発見することができたのです」
と近藤さんは話す。池上さん自身は「片づけが苦手」と公言しているが、近藤さんから池上さんに具体的なアドバイスはあったのだろうか。
「池上さんは本をとても多くお持ちで、どう片づけたらいいかわからないとお話しされていました。本の片づけはとても大変な分野なので、お洋服の片づけをした次に手をつけたほうがハードルは低くなりますとお伝えしました。本を片づけるときは今持っている本を全部いったん出してみて、そこから一つひとつを手に取って、ときめくかどうかで選ぶと選びやすいです」
現在は日本と海外を行き来しながら、夫と3人の子どもと暮らしている近藤さん。2019年にNetflixで配信されたドキュメンタリー番組『KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~』は、片づけられない悩みを持つアメリカ人の家庭に近藤さんが訪問し、ときめく空間づくりをサポートする内容だ。
ときめきを英語に訳した「SPARK JOY」は全米で流行語となり、同年で最も人気のノンフィクション番組1位となった。こうして「KonMari」の名前は、改めて世界で知られるようになる。
「アメリカに行って驚いたのは、みなさん、ときめくかときめかないかの判断が早いということです。日本の方のほうがときめくものを選ぶことに慎重な傾向がありました。自分の感情の動きを探るところをすごく丁寧にされているイメージです。
一方、アメリカでは小さいころから自分の意見をはっきり言うことがよしとされるので、ときめく・ときめかないを表明することに対して抵抗感がないのだと思います」
日本に比べて広い家が多く、掃除を外注している家庭も多いアメリカだが、片づけの悩みを抱えているのは同じだ。
「家が広いから余裕を持って収納できるというわけではなく、多くのモノで空間が埋まってしまっていました。大事なのは、自分にとって心地よいモノの適正量を知ること、必要なモノだけを選ぶスキルです」
“あきらめた”が独り歩き
2023年、インタビューで語った「3人目の子どもができて片づけをあきらめた」という発言が米紙『ワシントン・ポスト』などで報道され、世界中のメディアで話題となった。
「“あきらめた”という表現が独り歩きしてしまったのですが、正確に言うなら『片づけの優先順位を一時的に下げていた』ということです。3人目があまり寝ないタイプの子どもだったので、睡眠時間が取れなくなり、今まで普通にできていた片づけができなくなってしまったのです。部屋が散らかっていることが続き、片づけコンサルタントとしていいのだろうかという葛藤もありました。
でも、私がこれまでお伝えしていたメッセージは『ときめくものを選ぶ生き方をしよう』です。今の自分にとってときめく生き方は、部屋が散らかっていたとしても、子どもと一緒に過ごす時間を楽しむことでした。部屋を片づけることへの優先順位は下がったけれども、これがときめく選択肢なんだと前向きに納得でき、共感してくださる方も多かったです」
年齢を重ねるにつれて捨てられないモノが増え、「片づけといっても何から手をつけていいかわからない」という悩みを持つ人も多い。
「そもそも片づけは絶対にやらなければいけないことではありません。片づけをして、どういう暮らし、どういう生活をしていきたいのかイメージしていただいたうえで作業にとりかかっていただいたほうが、スムーズに進みやすいのです。片づけのゴールを設定する、その次にカテゴリーに分けることがとても大切です」
片づけるとなると散らかっているところ、気になっているところから始めたくなるが、挫折しないためには、やりやすいカテゴリーからスタートするのがおすすめだ。
「こんまりメソッドでは、お洋服、本、書類、小物、思い出の品という順番です。お洋服の片づけがおっくうだと思ったら、シャツだけ、スカートだけといったカテゴリーの中でも細分化していくと手がつけやすいと思います」
「思い出の品」は、片づけのなかでも一番ハードルが高いため最後にしたほうがいい。
「大切な思い出があるから捨てられないと悩む人も多いですが、捨てるものにフォーカスするのではなく、残すものにフォーカスすることが大事。捨てなければと考えなくていいんです。どうしても捨てられない、減らせないことにモヤモヤを感じるのであれば、自分が好きなものを素敵な状態で残すことを目的にして、収納にこだわることをおすすめします。
捨てられない写真を素敵なアルバムに入れていつでも見返せるような状態にしてみたり、思い出の品をお気に入りの空き箱に詰め替えてみたり。収納にこだわるだけでも片づけが前向きになっていきます」
こうして片づけに成功すると「人生が変わった!」という人が増え、まさに「片づけの魔法」が起こるという。その理由を教えてもらった。
これからの片づけに求められるもの
「片づけをすることで自分にとってどんなものがときめくのか、自分の生きる上での価値観がすごく明確になっていきます。ときめくかときめかないか、決断力や判断力も磨くことができ、片づけが終わると、モノに対してだけではなく、仕事の選択や人付き合い、自分が幸せを感じられる選択かどうかが見えやすくなってくるので、人生においてもときめく選択肢を選べるようになるのです」
さらに今回、教養という分野での「片づけ学」が生まれ、自分の人生だけでなく、社会や世界の未来にも片づけが役立つことが考えられる。
「これからの片づけに求められるのはサステナブルな視点です。手放し方の工夫や片づけを通して、消費行動を見直したり、環境に配慮したりすることが必要になってきます。片づけを実践することで、ときめく人生を歩み、社会や地球もときめく場所に変化していくことを願っています」
近藤さんによって世界に浸透した片づけ。近い将来、「片づけ学」が教育の科目となり、学校で教わる日もやってくるかもしれない。
片づけのポイント
・手をつけやすい洋服の片づけから始める
・ハードルの高い思い出の品の片づけは最後に
・捨てられないモノは素敵な収納にこだわる
取材・文/紀和 静
こんどう・まりえ 1984年生まれ。片づけコンサルタント。愛称はこんまり。幼少期から片づけの研究を始め、独自の片づけ法「こんまりメソッド」を編み出す。『人生がときめく片づけの魔法』(河出書房新社)は40か国以上で翻訳され、シリーズ累計1400万部を超える。2015年に米誌『TIME』の「世界で最も影響力のある100人」に選出。2021年にはNetflixの冠番組で、米デイタイム・エミー賞を受賞。