結城モエ 撮影/齋藤周造

 7月26日の公開が迫る映画『乱歩の幻影』。ミステリー界のレジェンド・島田荘司氏による連作短編集『網走発遙かなり 改訂完全版』に収録された同作は、ミステリーファンから「知られざる名作」として親しまれてきた。

 その島田氏自ら脚本を手掛け、映画『20歳のソウル』などで知られる秋山純監督によって映画化に至った『乱歩の幻影』。江戸川乱歩役に高橋克典、一枚の写真からミステリーを呼び起こす謎の女性を常盤貴子が演じるという豪華なキャスト陣のなかで、乱歩の魅力に取り憑かれた主人公・弓子を演じるのは、映画・ドラマ共に初主演の女優である、結城モエだ。

唐突だった主演オファー

 慶應義塾大学法学部を卒業し、2017年に女優としてデビューした異色の経歴を持つ彼女。公開を直前に控えた今の心境や初主演作に対する思い、役者という仕事に対する覚悟について、本人に話を聞いてみた――。

撮影自体は1年前の夏だったので、ようやくみなさんにお届けできる日が来たかという感じです。私が演じた弓子と乱歩は同じ時代に生きた人物ではなく、撮影をしながら完成形を想像するのがとても難しい作品でした。初めて全編通して鑑賞したときには感激しましたし、観る人によって受け取り方が変わると思うので、皆さんがどのような印象を持つのかとても楽しみです」

 オファーがあったのはクランクインの数か月前、2023年の春ごろだったという。

あまりにも突然のことだったので、最初は正直信じられませんでした。本当に映画で主演をさせてもらえるのだろうかと半信半疑で。実際、秋山監督にお会いして、高橋さんや常盤さんが出演されるということをお聞きして、段々と自分の中で実感が湧いてきました」

 映画の主演という大役を任されたプレッシャーはなかったのだろうか。

「極力自分らしくいることを大事にしようと意識していました。元々、周囲の人たちと皆であたたかい空気を作る方が好きなタイプで、どんな立場や現場でも、前向きに楽しく協力できる場所でありたいという気持ちは変わりません。大先輩方もたくさん出ていらっしゃるので、あまり気負いせず上手に頼らせてもらいながら、自分自身の役割をちゃんと果たしていくように努めていました

「本来の自分に近いのは弓子」

 これまで『探偵が早すぎる』(日本テレビ系)や『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)などで、“悪女”の役を演じることが多かった結城だが、今作で演じた弓子とのギャップに迷うことはなかったと話す。

「これまではキャラの立つ役のオファーをいただくことが多かったのですが、今回演じた弓子はその逆で、表には見せていないけれど、妄想に取り憑かれてしまうほど内側に思いを秘めている人物。本来の自分に近いのは弓子の方だと思っています。

 元々、本や映画に没頭するあまり、感情を持っていかれやすい性格なんです。今回の役作りでは、一度頭の中に浮かんだ考えに囚われてしまう弓子の言動に共感できる部分が多く、その感触を素直に演技に落とし込もうと意識していたので、自分の素に近い部分をたくさん出せました」

結城モエ 撮影/齋藤周造

 撮影について「息をつく間もなく時が流れていった」と語る結城。現場での苦労は多かったようで……。

高橋さんや常盤さんとご一緒に撮影する機会はほとんどなく、私1人のシーンが大半だったので、自分との向き合う時間がすごく長かったなと。他のシーンはどうなっているんだろうっていつも気になっていました。

 秋山監督は現場に入ると何も言わないんですよ。事前にしっかり話して現場に入ったらこちらに任せる、という感じで、“これでいいんですか”と不安に思うことも多々ありました。でも、弓子自身繊細な性格をしているし、演じる私も繊細になることって別に間違ってはいないのかなと思うようにしていました

 中でも特に印象に残っているのは、映画のクライマックスのシーンの撮影だったという。

夏場の窓を閉め切ったその現場が、意識がぼーっとしてしまうほどとんでもない暑さで、そのシーンは弓子が“乱歩の幻影”の確信に迫る重要な場面でした。そうした弓子の心情と、過酷な環境で私自身の振り絞る意識が共鳴して、一心不乱に演じることができたという感覚があったんです。あのシーンは一生忘れられないと思います

“法学部出身”だからこそ挑みたい役

 大学卒業後に女優としてのキャリアを歩み始めた彼女は、今年の5月に30歳の誕生日を迎えた。節目の年に何を思うのだろうか。

「20代はひたすら俳優という仕事と向き合い続けた時間でした。20代に入るまでまったく芸能の仕事に触れて来なかったので、どの現場にいっても全員が自分にとっては先輩という状況。この7年間はひたすら学びの連続でした」

結城モエ 撮影/齋藤周造

 演技の幅を広げ、初主演の座をも掴み取った今、新たな目標のひとつは“法学部出身”のバックグラウンドを生かすことにある。

「最近になって改めて、大学生のときに学んだ法律の面白さに気づかされることが増えていて、弁護士や検事の役に挑戦したいとも思っています。法律が必要となる場面には人間同士のドラマがあって、学生時代にはどちらかに感情移入してしまうことの難しさや葛藤を経験しました。

 子どもの頃から法律に興味を持ち、人生の多くの時間と労力を費やし学んできたことだからこそ、そういう役を演じて社会に貢献できたらこれ以上のことはありません」

 地に足を着け、一歩一歩着実に階段を登ってきた結城。『乱歩の幻影』には、そんな彼女の確かな実像がスクリーンに映し出されている。