「ヤバい女になりたくない」そうおっしゃるあなた。有名人の言動を鋭く分析するライターの仁科友里さんによれば、すべてのオンナはヤバいもの。問題は「よいヤバさ」か「悪いヤバさ」か。この連載では、仁科さんがさまざまなタイプの「ヤバい女=ヤバ女(ヤバジョ)」を分析していきます。
第102回 蓮舫
東京都知事選で落選した前参議院議員の蓮舫氏。今回は候補者がやたら多かったわけですが、事実上、小池百合子氏と蓮舫氏の一騎打ちと報じられてきました。しかし、蓋をあけてみたら、蓮舫氏は石丸信二氏に敗れ、まさかの三位。これが選挙のおそろしさというやつなのでしょう。
世の中は「勝てば官軍、負ければ賊軍」
「勝てば官軍、負ければ賊軍」「敗軍の将、兵を語らず」という諺があるとおり、戦いに負けた人は「こういうところが悪かったのだ」と他人に勝手に敗因を決めつけられたり、「負けた人の話に価値はない」と、まともに取り合ってもらえないことはよくあります。男性であろうと女性であろうと、結果を出せない人に、世の中というものは非常に冷たいものです。なぜこのような決めつけをしてしまうかというと、人が誰しも持つバイアス(思い込み)のせいだと言われています。いい結果が出るとそこに至るまでのやり方やあり方は全部正しく、反対に結果が悪いとすべてが悪いと思ってしまうことを、心理学では信念バイアスと呼んでいます。東大生の母親の教育法はすべて正しい(東大生全員が同じ教育法で育てられたわけではないはずです)、何度も離婚するタレントは本人に欠点がある(タレントに問題があったとは限りません)という考え方が代表例で、このバイアスが強いと、負けた人が過剰なバッシングにさらされても当然だという空気になってしまうのです。
特に蓮舫氏の場合、人気芸能人から政治家に転身したこともあって、著名人との交流も多いからでしょう。敗因の分析は過熱しており、信念バイアスの発動もしくは「単なる後付けでは?」と言いたくなるものもいくつか見受けられます。こういう場合、たいていの人は「負けたのだから仕方ない」と口をつぐんでしまうものですが、蓮舫氏はそうは考えないようです。公式X(旧ツイッター)で、反論を開始したのです。
負けた人になら何を言ってもいいなんてことはありませんから、蓮舫氏が自分の意見を述べることを否定するつもりは毛頭ありません。ですが、反論の仕方がうまいとは言えず、「こんなんだから、落ちるんだ」というバイアスを強化してしまっていないでしょうか。上述したとおり、世の中は「勝てば官軍、負ければ賊軍」なわけですが、その一方で、日本人は弱い人、劣勢に置かれた人に肩入れしてしまう「判官びいき」の傾向も強いと言われています。ということは、今の蓮舫氏はある意味、ニュー蓮舫像を作り上げる絶好の機会と言えるわけですが、どうもそのチャンスを活かせていないように思うのです。
たとえば、蓮舫氏は都知事選明け早々に、小池都知事と駐日イスラエル大使との2ショット写真を掲載し、「当選直後にこの外交は私の考えではあり得ません」「都民の一人としても、とても残念です」と批判しました。しかし、この2ショットは2年前に撮られたもので、蓮舫氏の勘違いであったことが判明します。しかし、蓮舫氏は特に謝罪することもなく、投稿をそっと削除したのでした。 誰にでもミスはありますが、落選後というただでさえ叩かれやすい時期に、事実誤認プラスそこを認めないエピソードがプラスされると、過去と現在の投稿が見抜けない、つまり、判断能力に問題があり、たやすく他人のことは攻撃するけれども、自分のミスには甘いというマイナスの印象が膨らんでしまいます。SNSは特に“不正”に敏感ですから、これらの情報が拡散されることで「デキるオンナだと思っていたけれど、案外ヤバかった」とみなされてしまう可能性はないとは言えないでしょう。
蓮舫にないもの「小さく負けて、大きく勝つチカラ」
繰り返しになりますが、選挙で負けたからといって口をつぐめという意味ではありません。投稿することで「なるほど、蓮舫の言うとおりだ」と唸らせたり、女性層や若い人に「意外な一面を発見した、心情は理解できる」と思わせることができたら、今回の選挙で負けたとしても、長い目で見れば「価値ある負け」ではないでしょうか。2019年9月2日放送の「有田哲平・高嶋ちさ子の人生いろいろ超会議」(TBS系)において、バイオリニスト・高嶋ちさ子が、青山学院の先輩にあたる蓮舫氏と会食した際の「私の子育ては完璧だから!」と言われたことを明かしていましたが、 完璧主義で実行力もあるという自負があるゆえに、負けを過剰に恐れてしまうのかもしれません。
しかし、「負けるチカラ」こそ、格差が急速に広がる社会で、不特定多数に指示されないといけない政治家に必要な能力なのではないでしょうか。政治家は実行力や実績で勝負すべきと言いたいところですが、小池氏が候補者討論会をさらっと欠席し、お咎めがないことでもわかるとおり、政策は二の次三の次であるのが現状です。そうなると、候補者のイメージが必要以上に大事になってくるのですが、応援したいと思わせるチカラがあるかないかで選挙の結果が変わってくるように思うのです。
有名政治家になればなるほど、負けている自分を見せるのがうまいように思います。たとえば、貧困家庭に育ったために学校に行けず、実業家を経て政界入りし、総理大臣にまでのぼりつめた田中角栄氏は「今太閤」とか「庶民宰相」と呼ばれたりしました。「田中角栄 魂の言葉」(三笠書房)によると、大蔵大臣に就任した際、角栄氏は官僚を前にして「私が田中角栄である。小学校高等科卒業である。諸君は日本中の秀才の代表であり、財務金融の専門家ぞろいだ」と演説したそうです。大臣にまでなったのだから、学歴の話なんてしなくていいと言う人もいるでしょう。しかし、私は角栄氏は“あえて”この話をしたのだと思います。同書によると、角栄氏は「嫉妬はインテリほど強い」という言葉を残したとされています。ですから、超インテリ集団の前で“あえて”負けを認める発言をしたのではないでしょうか。人には良心というものがありますから、「学歴がない」と自分から言う人にむかって「そうだ、おまえはヤバいんだ!」と攻撃をしかける人はいないでしょうし(いるとしたら、その人がヤバい)、「家庭の事情だったんだから仕方ない」と同情されたり、「それなのに大蔵大臣になるなんて、すごい。とんでもない能力の持ち主に違いない」と信念バイアスを強化させた人もいるでしょう。非政治家家庭に育ち、選挙にやたら強い印象のある小池氏も“負け上手”と言えるのではないでしょうか。小池氏にあって、蓮舫氏にないのが「小さく負けて、大きく勝つチカラ」ではないかと思うのです。
2016年の東京都知事選において、元都知事の石原慎太郎氏は、小池氏について「大年増の厚化粧がいるんだな。やっぱり厚化粧の女に任せるわけにはいかない」と発言しました。 年齢も化粧の濃さも、政治家としての能力に関係はなく、明らかにセクハラに当たるヤバ発言と言えるでしょう。小池氏は先天的なアザがあって、医療用の化粧品を使っていると告白したことで 、自分ではどうしようもないことをけなす行為はいかがなものかと、石原氏はさらに批判されたのでした。弱い人に肩入れしたくなる「判官びいき」は、心理学ではアンダードッグ効果と呼ばれており、選挙に影響を与えることがわかっています。一連のやりとりを見て、これは流れが変わった、小池氏の勝ちだと私は感じましたが、見事に小池氏は当選を果たしたのでした。
一番じゃなくてもいい、完璧じゃなくてもいい
2020年の都知事選の際には、ノンフィクション作家・石井妙子氏による『女帝 小池百合子』(文藝春秋)が発売されます。カイロで小池氏と生活を共にしていた女性によると、小池氏はカイロ大学を卒業していないそうです。しかし、学歴詐称であるという決定的な証拠はなく、あくまでも疑惑の域にとどまっています。その代わり、多くのページを割いて、小池氏の“偽装”が描かれています。芦屋の社長令嬢だったことは事実だけれども、お父さんは実質働いておらず、カイロ大学の学費も自分で工面していたこと、若い頃から男性あしらいがうまかったこと、テレビの仕事をするようになったら、突然目がぱっちりしたこと。
石井氏は今日の小池氏を作る原動力となったのは、生まれつきのアザだと信じているようです。顔にキズがある政治家と言えば、愛知県知事・大村秀昭氏は、子どもの頃に犬に顔をかまれ、その時に負った傷のせいでいじめられることもあったそうです。大村氏は東大法学部を経て官僚となり、政治家に転身していますが、「顔にキズがあるから、政治家になった」という人はいないでしょう。図らずも「女帝 小池百合子」は、生まれや育ち、見た目という自分の力ではどうしようもないことに女性だけがいつまでも縛られ、そこから自力でなんとか這い上がろうとすると叩かれるという抑圧を浮き彫りにしたのではないでしょうか。「小池さんってこんなヤバい人だったんだ!」と書籍は大ヒットする一方で(手に入れるの大変でした)、SNSではオトコ社会をタフに生き抜く小池氏に共感したり、過去の交際相手まで触れられることについて「かわいそう」という意見も少なからず見られましたが、結局、選挙では勝っています。これが「小さく負けて、大きく勝つ」技です。今回の選挙でも、学歴詐称疑惑が持ち上がりましたが、決定的な証拠がないのであれば「小池さんもいつまでも言われて大変ね」という一種のキャンペーンになったのではないでしょうか。
蓮舫氏は小池氏ではないのですから、同じ作戦を取れと言うつもりはありません。ただ、弱いとか完璧でないことは、悪い事ではないと思うのです。蓮舫氏は双子のお子さんのお母さんで、政治家をしながら子育てを完璧にするということは、並大抵のことではなかったことでしょう。弱みを見せたくない人なのかもしれませんが、「私にもこんなヤバいことがありました」と弱みを見せることで、より多くの人が彼女の話に耳を傾けるようになるのではないでしょうか。「一番じゃなくてもいい、完璧じゃなくてもいい」、蓮舫氏がそう言えるようになったときが、彼女の政治家としての第二幕の始まりなのかもしれません。
<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」