平日午前の駅前は閑散としていた(筆者撮影)

 ここ数年、関東の避暑地として脚光を浴びている千葉県の南房総エリアに位置する勝浦市。漁港とタンタンメンの町として知られ、8月の最高気温の平年値(※)は29.0度となっている。東京では最高気温が34.8度に達した7月25日に、実際に勝浦を訪れてみた。

(※平年値とは西暦年の一の位が1の年から30年後の一の位が0で終わる年まで、30年間分の気象データについて算出した平均値。2021年から2030年まで用いる「平年値」は1991年から2020年までの平均値)

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 東京駅から外房線の特急「わかしお」に乗れば勝浦には1時間半で着くのだが、沿線の光景をじっくり堪能したかったので千葉から外房線の各駅停車を乗り継いで向かった。

 千葉駅から上総一ノ宮駅までは50分ほどで到着。安房鴨川行きのワンマンカーに乗り換える。2両編成の車内は地元の人たちと観光客らでいっぱいだった。沿線の夏草や木々の緑が色濃い。のどかな田園光景を楽しみながら進むこと30分で勝浦に到着。ここで多くの乗客が一斉に降り立った。

名物のタンタンメン、当初は漁師や海女さん向けだった

 駅の構内には勝浦名物であるタンタンメンの店舗を記したマップが貼られた板。30軒ほどある。2015年に、地域活性化を目的とする町おこしイベント「B-1グランプリ」で優勝し、一気に人気化した。

 元はといえば、昭和29年に開業したお店が、漁で冷えた漁師や海女さんの体を温めるために生み出したタンタンメンが、その後勝浦で広がっていったそうだ。

(筆者撮影)

 駅前は閑散としている。土産物屋、コンビニ、観光案内所があるが、人影はまばらだ。観光案内所で話を聞くために立ち寄ったが無人だった。この時点で朝10時ごろ。日差しは強くなり始めているが、うだるような暑さとは程遠く、汗も出てこない。

 駅から歩いて7~8分のところにある、勝浦で400年以上続いているという朝市が行われている通りに着いたが、平日だからなのか店が少ない。夏休み期間中なのだからもう少し盛り上げてほしいところだ。

勝浦 朝市(筆者撮影)

 遅めの朝食をとろうと魚屋さんが数年前に始めた食堂に立ち寄る。店の前で店主のお母さんだろうか、年配の女性が椅子に腰かけて客を案内している。勝浦の涼しさについて尋ねると「この辺は海からの風が吹き渡るから涼しいのよ。暑さはちっとも苦にならないね」と余裕しゃくしゃくだ。

平日だからか、朝市に出ている店は少なかった(筆者撮影)

高級魚がもりだくさんの海鮮丼

 漁港の魚屋が吟味した、鮮度のいい魚の切り身が盛り付けられた海鮮丼を注文した。タイ、カツオ、マグロ、ホタテ、甘えび、そして名産のキンメダイ、高級魚のシマアジなど10種類ほどの切り身はどれも抜群にうまい。上品な甘みやうまみが口の中に広がっていく。これで税込み2000円はリーズナブルだ。

これで税込み2000円(筆者撮影)

 食後は再び朝市の通りを抜けて漁港方面に向かう。道路沿いの川には小魚や中ぶりの魚が群れをなしている。漁港の関係者に聞くと「ボラが多いよね」とのことだった。

 近くの市営駐車場は都内や県外からの車が多く停まっている。マイカーで海水浴、ビーチ遊びに来た観光客なのだろう。

 市の観光協会の施設「KAPPYビジターセンター」に寄って、電動自転車を借りる。サイクリングのパンフレットには「さと海ロングコース」「さと山ロングコース」などいくつかのおすすめコースが紹介されている。海沿いの道を進み「かつうら海中公園」を目指すことにした。

 潮風に吹かれ、きらきらと光る海を眺めながらペダルを漕いでいく。電動だから体への負荷も少ない。ビーチでは若者や家族連れがボディボードなど思い思いのアクティビティを楽しんでいる。

 途中に入り江みたいになっているところがあった。途中に海の中に珍しい岩が見えた。海蝕と風化によってできた天然の洞、別名「めがね岩」だ。波静かな湾内に静かにたたずんでいる。ここには大漁の神、稲荷神が古くから祀られているという。

温度計を見ると、目を疑う25度

 ひんやりとしたトンネルをいくつか通り抜けると目的地の海中公園に到着。海上の橋を歩いて渡り、海中展望台に向かう。入り口近くの温度計を見て目を疑った。赤い目盛りがさしているのは25度前後。海上にあるだけに風の影響でここまで気温が下がるのか。

海中展望台入り口の温度計は日中でも25度付近をさしていた(筆者撮影)

 一帯はリアス式海岸の自然美が広がる景勝地だ。高さ24.4メートル、水深8メートルの海中展望台の内部に入る。螺旋階段を下り、最下部まで行くとそこは潜水艦の世界だ。楕円形の窓越しに悠々と泳ぎまわる大小さまざまな魚を観察することができる。魚影は濃い。家族連れでやってきた子どもたちが食い入るように見入っている。きっといつまでも記憶に残る1日になったことだろう。

勝浦(筆者撮影)

 帰路はやってきた道をゆっくり戻り、漁港から先の八幡岬公園まで足を延ばしてみた。高台にユリのような花が咲き、海中には白い鳥居が見える。夕日を望むには最高のスポットだろう。

 7月下旬の昼前後に駆け足で勝浦の町、名所を巡ったが、思ったほど暑さを感じず、汗もかかなかった。確かに日差しは強くなったが、潮風が吹き渡り、体感温度があまり上がらないのだろうか。

 涼しさを裏付けるデータは勝浦市の移住・定住ポータルサイトにも紹介されている。「#100年以上猛暑日知らずの街」というキャッチコピーで、7月22日から28日までの勝浦と東京の最高気温が列挙されている。たとえば7月22日は東京が36.6度の猛暑日だったのに対し、勝浦は30.0度。6.6度も低い。「涼しさ」が強調されるゆえんである。

(出所)千葉県勝浦市移住・定住ポータルサイト

勝浦の涼しさは複合的な要因

 なぜ、勝浦はそんなに涼しいのか。勝浦市のサイトにはこんな説明が載っている。

・千葉県内の気象観測所の平年の真夏日の日数は勝浦は16.6日、銚子が20.1日と少なく、船橋51.1日、木更津50.9日、佐倉50.5日が多い。

・勝浦市付近は南寄りの風が吹く際、(海の)下層の冷たい海水が持ち上げられる効果により、周辺よりも海水温が低くなることがあり、他の地域よりも冷たい風が吹き込みやすい地勢となっている。

・平地が少なく森林が多い勝浦市はヒートアイランド現象が顕著に現れない。

勝浦(筆者撮影)

 こうした地勢的条件が勝浦に涼しさをもたらしているということだ。このため観測史上、勝浦市の最高気温は100年前の1924年8月23日の34.9度となっている。確かに猛暑日(35度以上)はゼロである。

 ちなみに、この5年間の最高気温の月平均値(8月)を東京と勝浦で比較すると以下のようになる。

この5年間の最高気温の月平均値(8月)は、勝浦が東京より3度ほど低い

 ただし、快適な気候も人口減を食い止めることはできていない。千葉県で市として最小人口の勝浦市の人口は、この5年間だけを見ても減り続けている。令和元年(2019年)の1万7324人以降、毎年減り続け、令和5年(2023年)は1万5761人まで落ち込んだ(10月1日現在)。

 さまざまなメディアが「涼しい街・勝浦」を報じたことから、勝浦市によると2022年7月の移住・定住相談件数は前月の約10倍に増えたとのことだが、必ずしもその後の実績にはつながっていないようだ。

勝浦(筆者撮影)

現地ツアーなどのイベントを増やしていく

 総務省の人口移動報告の結果(日本人)を見ると2022年は77人、2023年は144人の転出超過となっている。この点を勝浦市はどう受け止めているのか。

「移住相談や空き家バンクの問い合わせが増えています。今は移住政策の種まき期だと思っています。これまでは東京でのイベントに参加するだけでしたが、今後は現地ツアーをはじめ勝浦市独自のイベントを増やしていきたいですね。そうするなかで地元の方との交流を深め、実績を積み上げていきたいと思っています」(企画課移住・定住支援係)

 涼しさだけでなく、豊かな自然を生かした観光と食文化、400年以上続く朝市などの歴史、そしていい意味での田舎感が残る勝浦市が、今後どう変貌していくのだろうか。


山田 稔(やまだ みのる)Minoru Yamada
ジャーナリスト
1960年生まれ。長野県出身。立命館大学卒業。日刊ゲンダイ編集部長、広告局次長を経て独立。編集工房レーヴ代表。経済、社会、地方関連記事を執筆。雑誌『ベストカー』に「数字の向こう側」を連載中。『酒と温泉を楽しむ!「B級」山歩き』『分煙社会のススメ。』(日本図書館協会選定図書)『驚きの日本一が「ふるさと」にあった』などの著作がある。編集工房レーヴのブログも執筆。最新刊は『60歳からの山と温泉』(世界書院)。