高野志穂

 放送中の『虎に翼』が好評だ。伊藤沙莉が日本で女性初の弁護士と裁判官を演じ、ドラマチックな物語はいよいよ大団円へと向かっている。60年以上にわたり、お茶の間の朝をワクワクさせてきたNHK連続テレビ小説。国民的ドラマといわれる同番組で、かつて主人公として出演していた人たちに当時とその後の“人生ドラマ”を振り返ってもらった―。

 '02年に放送された朝ドラ『さくら』の舞台は岐阜・高山。ヒロインはハワイ生まれという設定で、演じた高野志穂も帰国生だった。

「1歳からバーレーン、シンガポール、ロンドンで過ごして、15歳で帰国しました。日本の学校教育をほぼ受けていなかったため、会話はもちろん、日本人特有の感性にズレを感じることもあり、最初は随分と苦労しました」

 と、振り返る。高校卒業後は、俳優を目指してオーディションを受けるが落ち続ける日々。その努力は4年後の『さくら』で実を結んだ。

ハワイロケ中止の危機も

「運がよかったということに尽きます。当時、22歳。もう、このオーディションで最後にしようという思いで挑みました。失うものがなく、やりたい放題にできたことが、いい結果につながったんじゃないかなと思います」

 備えていた英語力は『さくら』役を演じるうえで強みになると思ったが……。

「私の英語はハワイ風じゃなかったので、共演のセイン・カミュさんに“クイーンズのアクセントだね”と言われたり、同じく共演の小澤征悦さんも、どちらかというとアメリカン。2人からは、よくイジられたりしましたけど(笑)、ハワイアン・イングリッシュのセリフは新鮮でした」

 撮影時期は、'01年に起きた同時多発テロの直後で、ハワイロケは中止の危機に。

「ハワイのことを知ってもらうというコンセプトで、撮影許可が出ていたのですが、イミグレーションでは長時間の足止め。そこの空港職員がよろしくないことを英語で話しているのが聞こえて、私が思わず猛抗議をしてしまいました。“私たちはNHKという日本を代表する放送局で、ちゃんと許可を取っているのに、なぜ足止めされなきゃいけないんですか!”と、しゃしゃり出ました(笑)」

“祖母”にかけられた言葉

 最初のロケでは、

江守徹さんとは初対面で、大御所なので緊張していたのですが、会うなり“ハウ・ユー・ドゥーイング?”って。英語が堪能だと知らなかったのでビックリしました。それからは英語で気さくに話しかけてくださって、ウィットのある楽しいオジさまでした」

 祖母役だった中村メイコさんにも可愛がられたという。

「メイコさんには、本当にお世話になりました。スタジオに、お弁当を作ってきてくださって。3色のそぼろ弁当に、きんぴらやひじきも一緒に。私がずっとスタジオにいて、野菜が不足しているだろうと、ヘルシーで栄養価の高いものを考えて、持ってきてくださったりしました

2002年放送『さくら』(NHKアーカイブスより)

 中村さんにかけられた言葉も、はっきり覚えている。

「メイコさんは“もう二度と、『さくら』みたいな現場には出会えないからね”と、おっしゃっていました。あれから20年がたって、その意味がわかった気がします。撮影が深夜まで続いた翌朝、みなさん疲れているにもかかわらず、空気が読めないハイテンションな私の相手をしてくださったり、当時を振り返れば、たくさん支えられた現場だったと思います。二度と味わえない、かけがえのない1年だったと思います」

 最高視聴率は27・5%。女性からの支持も高かった。

「女性が働くとき、差別されているというメッセージが田渕久美子さんの脚本にはありました。ヒロインが自分の考えをちゃんと言う。『さくら』を見ていた女性たちには共感できる部分があったんじゃないかなと思います」

 当時は自ら役作りで髪形をベリーショートにしたという高野。現在も女優を続ける。

「今も私は『さくら』が基準。何もかもが、今につながっていると感じています」