がんになると出ていくお金も多いが、もらえるお金もある(写真はイメージです)

 2人に1人が生涯のうちにがんにかかる時代。とはいえ、突然告げられる大きな病気の診断に「まさか私が!?」と、大抵の人はうろたえる。中には動揺のあまり「びっくり離職」をしてしまう“働き盛り世代”も多いそう。「がんになっても、生活は続いていきます。冷静に考えて」日々、患者と向き合う医師は言葉に力を込める。

「いまだに死と直結するイメージがあって、がんと言われただけで頭が真っ白になってしまう。慌てふためき、早々に会社を辞めてしまう人も少なくありません」

 と言うのは、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之先生。

4割近くが会社を辞めるというデータも

 日本人が生涯でがんになる割合は2人に1人。もはや「国民病」といわれるがんだが、いざ自身が告知されるとその衝撃は大きい。

「がんになると仕事ができなくなるというイメージがあるようです。実際4割近くが会社を辞めているというデータがあるくらい。ただ自ら退職するのはおすすめできません。今はサポートもいろいろあって、うまくがんと共存できる時代になっています」(勝俣先生、以下同)

 昨今はがん治療も飛躍的に進歩し、がん治療と仕事の両立は可能だと話す。

「今は手術をしても平均2週間程度で退院でき、抗がん剤治療も通院でやろうと思えばできる。ほとんどの場合が治療を続けながら仕事ができ、一時的に休職したとしても職場復帰することは可能です」

 まずは、医師の話をよく聞き、病状と今後の見通しを把握すること。その上で、会社や関係先に伝えれば、相手側も受け止めやすくなるはずだ。

 手術などで長期休職する場合には、働き方について職場との調整が必要になる。「そのためにもまずご自身の会社の就業規則を確認しておきましょう」と勝俣先生。中には会社や同僚にも言えず、秘密にしてしまう人も少なくはないという。それでも、周りにも伝え、仕事や生きがいをあきらめない人もいる。実際に、がんと診断されつつも、働き続ける男性Aさん(50代・都内在住)に話を聞いた。

「私の場合、最初の入院はお盆休みだったので、特に職場に迷惑をかけることもありませんでした。それに、入院する数日前に勤め先の人には口頭ですが報告していました。特に秘密にはしていません」

 現在勤めているのは、長年働いている情報通信業の会社。

「健康状態が悪化すれば、契約を切られるとは思いましたが、あまり深刻には感じませんでした。その後3回入院することになりましたが、会議などはリモートで参加しています」(Aさん、以下同)

要再検査を放置すると便器に潜血が

 '22年6月、健康診断で要再検査と判定されたが、内容(尿潜血反応)を確認することなく、忙しかったのもあり放置。それから数か月後、便器に鮮血があり、初めて異変を意識した。

「泌尿器科で内視鏡検査を行った際、医師に頼んで一緒にモニター画面を見せてもらい、膀胱の中に肉腫があるのを確認しました。もちろんショックでしたが、私の場合はがんそのものを目視することができたので、得体の知れない恐怖はありませんでした」

医師にがんと告げられると、多くの人はうろたえてしまう(写真はイメージです)

 ステージ2の膀胱がん。粘膜だけでなく筋層まで浸潤しているが、他臓器への転移はない、という状態だった。代用膀胱をつくることにして、手術を受けた。お金の面での心配はなかったのだろうか。

「セカンドオピニオンは保険が利かなかったのですが、手術なども保険適用の標準治療。高額療養費についてはネットの情報や加入している健保から教えてもらえましたし、あまり気にすることはありませんでした」

 手術は成功して、現在は日常生活に制限はないが、近々、合併症による手術も予定している。がんの告知後、会社の同僚などにがんであることを切り出したのはよかったという。

「がんの話をした際、周囲の反応は温かいと感じました。意外だったのは、自分もがんだったんだよね、という人が案外いるということ。手術の傷痕を見せてくれた人もいました。完治して復帰している姿を見るのはかなりの励みになりました」

 Aさんは仕事を辞めず、生きがいもあきらめることなく人生を歩んでいる。

「私は仕事ばかりの生活だったので、楽しみといえば休日に妻と出かけることくらい。美味しい店を探しては行ってみたり、車で少し遠出してみたり。でも、それが生きがいだということにも気づいた。今は妻との時間を噛み締めるようになり、以前よりも出かけることが多くなりました。まだ妻を残して先立つようなことはできませんね(笑)」

 仕事を続けながらがんと共存し、治療を行う。その上で、やはり心配なのはお金のこと。がんというと高額な医療費のイメージも─。

がんと診断されて心配なお金のこと

「標準治療は保険が適用されるとはいえ、がん治療はやはりお金の負担は大きいですね。新しい抗がん剤などは高額なものもあり、治療費を副作用の一つとしてとらえる見方もあるくらい。ただ幸いなことに、がんになった患者さんの治療費や生活費を補ってくれる公的制度があります」(前出・勝俣先生、以下同)

勝俣範之先生●日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授、部長、外来化学療法室室長。国立がんセンター医長を経て、2011年より現職。あらゆる部位のがんを診られる「腫瘍内科」の立ち上げは、当時の日本では画期的であった。国内における臨床試験と抗がん剤治療のパイオニアの一人。

 日本ではポピュラーな高額療養費制度だが、申請には高額療養費の支給申請書が必要で、これを公的医療保険の窓口に提出する。ただ支給は受診した月から3か月程度かかるので注意を。もしそれまでに医療費の支払いが困難なときは、無利息の高額医療費貸付制度も用意されているので活用したい。

「海外ではこうしたものを聞いたことがありません。日本が誇る医療費の支払いに関する素晴らしい制度の一つだと思います」

 がんにもさまざまな公的制度が用意されているものの、

「残念ながらほとんど知られていない」と勝俣先生。

「例えば、いまだに誤解が多いのですが、障害年金は高齢者だけのものではない。老齢年金や遺族年金と並ぶ公的な年金制度で、条件を満たせば65歳未満の現役世代でも受給できます。ぜひ知っておいてもらいたいです」

 また患者自身や家族が申請しないと受給できないものが大半で、知らず知らずのうちに権利を放棄していることも。

「経済的な不安を取り除くためにも、ぜひこれらを利用していただきたい。まずはがん相談支援センターの相談窓口に聞いてみるのもいいでしょう。公的制度を上手に利用していただきたいですね」

 勝俣先生はがんとともに生きる人生は特別なものではないことを改めて強調する。

「がんは40〜50代ごろから発症する確率が高くなる。その世代の多くの方々は、いわゆる現役世代。がんになったら、もう仕事ができないのではないかと悩む方も多いでしょう。しかし、5年生存率も高まっており、厚生労働省によると、がんサバイバーは全国に500万人以上いるといわれています。がんと共存しながら仕事や生活をしている方は増えている。国としてもそうした方々を支援するための施策をいろいろと打ち出しています。たとえがんになったとしても、あきらめず、希望を持ってほしいと思います」

診断後からチェック! 利用できる主な公的制度

高額療養費制度

1か月間に医療機関や薬局の窓口で支払った医療費が、一定額(自己負担限度額)を超えた場合、超えた分の金額が払い戻される制度。自己負担限度額は、年齢や所得によって定められている。

相談、申請先……加入している公的医療保険の窓口

傷病手当金

会社員や公務員などが病気による休職などで収入が確保できなくなったときに、基準に応じた金額を受給できる。国民健康保険の被保険者は対象外(一部の国保組合では利用できる場合もある)。

相談、申請先……加入している公的医療保険の窓口、勤務先の担当部署など

障害年金

病気などで生活や仕事などが制限されるようになった場合、65歳未満でも年金が支給される。がんの患者でも、がんの進行や抗がん剤の副作用などで生活や仕事が制限される場合に受給可能。

相談、申請先……市区町村の国民年金担当課、年金事務所・担当共済組合事務局、年金相談センター、社会保険労務士など

介護保険

40~64歳の医療保険加入者(第2号被保険者)と、65歳以上の介護保険の被保険者(第1号被保険者)に分けられる。第1号被保険者は、介護が必要となった場合に誰でも介護保険のサービスを利用できる。第2号被保険者は、末期がんで治療が難しくなり、生活で何らかの介護が必要になった場合に介護保険を申請できる。住民票のある市区町村に申請して要介護認定を受けるとサービスが利用できるようになるが、要介護状態の区分によってサービス内容や月ごとの給付費の上限が決まっている。

相談、申請先……市区町村の介護保険課・窓口など

勝俣範之先生著『あなたと家族を守る がんと診断されたら最初に読む本』(KADOKAWA)※記事の中の写真をクリックするとAmazonの購入ページにジャンプします

取材・文/小野寺悦子