今、永田町は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっています。自民党総裁選は、小泉進次郎氏が、43歳で「史上最年少」総理の座を手中にする、との下馬評でしたが、ここに来て高市早苗氏の勢いがすさまじく、9月27日、「史上初の女性総理」が誕生するかもしれないというのです。水面下で一体、何が起きているのでしょうか。
自民党総裁選、3連休の間に起きた異変
『THE MATCH』と銘打たれた自民党総裁選、スタートダッシュに大成功したのは、ダントツに若い43歳の小泉氏。老若男女問わず知られ知名度は一馬身抜いています。言わずと知れた小泉純一郎元総理の息子、つまりプリンス中のプリンス。地元の出馬表明演説は9月8日でした。私が会場の桜木町駅前に降りた第一印象は「千人は超したけど、大動員はかけてないな」でした。
しかし、そこからでした。むし暑い中、街頭演説を16時30分で切り上げた後「進次郎さんとグータッチ」に長蛇の列、驚いたことに1時間経ってもそれを見た通行人がまた並ぶという盛況ぶり。その数2500人に達していたそうで、若者達も、通りすがるだけで誰が主役なのかわかっているようでした。
小泉陣営は「総理になるや衆議院解散→総選挙の投票日は10月27日(日)」とアナウンスする戦略。裏金問題で大逆風の衆議院議員たちは、進次郎氏の人気に藁にもすがる思いでいます。
小泉氏はそのリードを守り切ればいい状態にありました。
しかし、ここで状況に変化が生じました。常にチャレンジャーとして、若手ホープ筆頭とされた小泉氏が「守勢」の立場となった。告示日のテレビ討論会から、連日の公開討論会で必死に他候補たちから質問が集中する事態となりました。
そもそも小泉氏の人生設計では次回以降に満を持して出馬するはずでしたが、自民党の窮状もあって急に決意を固めたのが8月20日と直前になりました。
若くして政策通の国会議員たちと行動し全国を回ってきた同氏、チームとして小泉陣営は間違いなく最強です。また、小泉氏の合言葉は「迷ったらフルスイング」。言葉そのままに目玉政策を大きく打ち出しました。改革プランである選択的夫婦別姓は党内の保守派が反発するが、賛成派の支持はまだ得られる。しかし労働市場改革の本丸である解雇規制の見直しは、しっかり説明しないと聞こえが良くない。政策はどんないいものであっても、ひとたびイメージを悪くするとすぐには受け入れられません。攻めの姿勢が一転、守り抜けるかの戦いとなっています。
そんな中、急速に浮上してきたのが高市氏。出馬会見は立候補届出の何と3日前と、遅れに遅れました。前回2021年の総裁選は、安倍晋三前総理が後ろ盾となって議員票は2位の大健闘。保守派の間で「サナエブーム」を巻き起こし、「安倍後継者」のポジショニングを不動のものとしました。しかし今回は情勢が一変、一昨年安倍氏が亡くなってからは孤軍奮闘を強いられ、弱り目にたたり目で、同じ保守派から若手のホープ小林鷹之前経済安保大臣が先に出馬表明してしまいました。また、20人の推薦人が集まるかどうかという事態に追い込まれていたのです。
しかし、辛うじて立候補にこぎ着けていく間、追い風が吹いてきました。総選挙で対峙する立憲民主党の代表選では保守の論客で鳴らす野田佳彦元総理が優勢です。重厚感のある相手には、フレッシュさだけでなく一定の閣僚経験が求められる。最大の同盟国アメリカでは、ドナルド・トランプ前大統領と、女性初の大統領を狙うカマラ・ハリス副大統領がデッドヒートを繰り広げている。「保守」「女性」の論客というキャラが立っている高市氏にはいずれが勝利しても相性が良さそうです。
そして9月16日(月)読売新聞朝刊の情勢報道では、いきなり高市氏が小泉氏を大逆転。追う者と追われる者の立場が入れ替わったのです。どんな大技を使ったのでしょうか。
高市早苗氏「空白の一日」で起死回生の一手
石破茂陣営の平将明元内閣府副大臣が指摘します。「高市さんの文書だけ、全国の党員に届いている。他の陣営は一切出していない」。上川陽子陣営の牧原秀樹元経済産業副大臣は「世論調査の数字を見ると、高市さんの文書はめちゃくちゃ効果的だった」。その文書とは今、大問題となっているたった1枚の「政策リーフレット」です。
党総裁選挙管理委員会(選管)は9月3日に8つの禁止事項の1つとして文書郵送の禁止を決め、4日に各候補に通知しました。それなのに全国の党員宅に9月5日に届き、何と9月6日午前便で到着した家もあります。議員や秘書は当然、自民党員なので自宅に届いて驚き「これはルール違反か調べて欲しい」と連絡が有りました。私も仕事柄、公職選挙法など諸制度が専門であり、両日とも確認してきましたが、結論としてはセーフです。
到着がもう数日遅ければ、明らかに通知後にルール無視で発送したと判定されていた。最近の郵送事情として、到着までに2~3日はかかります。9月5日や6日に到着したので、逆算すると9月3日頃に発送したと推定される。この9月3日という日付は、禁止は決まったけど各陣営には知らせていない状態、まさに空白の一日だったのです。このルールの適用は4日からでしたが、すぐさま3日に通知されていたら、「正式に伝えた」「聞いたのは発送した直後だった」と押し問答になったでしょう。
そしてそもそもこのルール自体、選管委員の片山さつき元地方創生大臣によると「お金がかからない総裁選にする」ためのもの。政治とカネの問題で批判を浴びた中で、巨額の出費は控えようという申し合わせです。
高市氏の費用をざっと試算すると、郵送費7,700万円(党員105万5,389人×郵便区内特別73円)+印刷費300万円+DM代行費で、党員全員に送付していたとしたら約1億円に迫る途方もない額です(ただし、高市事務所によると郵送数は約30万)。
そして公職選挙法なら罰則があって監督官庁が判断しますが、総裁選は身内で誰を選ぶかの選挙です。罰則は無いですが、ルール違反がひどいと思われたら最後、その候補は名前を書いてもらえず落選の憂き目を味わいます。
封筒の発送元を見ると自民党奈良県第二選挙区支部(高市支部長)、費用は彼女の持ち出しです。このリーフレットを発注した8月末は、彼女はまだ出馬しようともがいていた段階。選管は8月20日に総裁選の日程を決め、ルールに郵送禁止を入れるか議論していた頃でした。つまり高市氏は【1】出馬できるか分からない【2】大量に印刷しても郵送が禁止になりそう【3】ギリギリ郵送できても後から批判を浴びかねない、三重苦の中で数千万円の丁半ばくちを打ったのです。
その捨て身の一手が今のところ吉と出ているようです。ツキはツキを呼ぶ。投票用紙の往復ハガキが、3連休明けから各党員に届きます。「小泉氏・石破氏の勝負かと思いきや、高市氏が勢いあるらしい」と耳にして家に帰ったら、投票用紙が届いているわけです。党本部は来週9月24日午前中までの投函を呼びかけており、党員は1週間も無い中で誰かの候補の名前を書かねばなりません。もちろん他の8候補もスケジュールから計算し尽くして戦術を練っていますが、こうも都合よくは回らないものです。
今回の総裁選のルールでは、これでもかと高市氏に大きな追い風になった点が3つ。1点目は、日程が延びたこと。9月12日告示〜27日投開票(選挙戦は16日間)と、検討された9月20日投開票より1週間遅くなっていました。いくら高市氏が猛追しても、この日程では勢い及ばず、となっていたかもしれません。
2点目は、運動期間が延長されたこと。前回の総裁選(2021年)は13日間(9月17日告示〜29日投開票)でしたから3日間増え、追われる者より追う者には貴重な時間となりました。
3点目は討論会方式です。国民の前でしっかり議論できるスタイルにした。直接対決できるわけで、「守る側」より「攻める側」には見せ場となった。高市氏は舌鋒鋭く、野党相手の国会論戦では誠に頼もしい。しかしそれが諸刃の刃となり、味方である自民党内では時として摩擦を生じ、推薦人集めに苦戦する一因ともなった。しかしテレビや公開討論会では、「自民党内で政策の勝負をしていい」場である。まさに水を得た魚のように、討論を見る党員の心に刺さっているのです。
勝ち馬の高市氏に乗る、動きも?
他社の世論調査では、小泉氏や対抗馬の筆頭である石破氏が強い。しかし高市氏がトップを争う調査が一つ出た以上、今度は高市氏が徹底マークにあう番です。このリーフレット郵送についても他陣営の猛抗議を受け岸田文雄総理・渡海紀三朗政調会長・森山裕総務会長・小渕優子選対委員長が、17日、逢沢一郎選管委員長に追加の対応を検討するよう指示しました。18日には発送元の高市選挙事務所・木下剛志所長が奈良県庁で釈明するなど、連日ヒートアップしています。
最後の決戦投票では、シンパが少ない高市氏が逆に「乗りやすい」という観測が出ています。「勝ち馬」である小泉氏の回りはがっちり固まり、後から並んでも言葉は悪いですが“恩恵は少ない”。「新たな勝ち馬」になりかけている高市氏なら、今なら支持をアピールできる、というのです。
運命の投票日まであと1週間あまり、女性初の総理誕生の確率が日増しに高まっています。