真田広之

「これまで時代劇を継承して支えてくださったすべての方々、監督や諸先生方に心より御礼申し上げます。あなた方から受け継いだ情熱と夢は海を渡り、国境を越えました」

 栄えある授賞式でそう熱く語ったのは、俳優・真田広之。

 9月15日(現地時間)、アメリカ・ロサンゼルスで開催された『第76回エミー賞』で、真田が主演兼プロデューサーを務めた時代劇ドラマ『SHOGUN 将軍』が歴史的快挙を成し遂げた。

「エミー賞とは、アメリカ国内の優れたテレビ番組のほか、制作や放送の技術など、テレビに関連する業績に対して与えられます。映画の『アカデミー賞』、音楽の『グラミー賞』、演劇と舞台作品に贈られる『トニー賞』と並ぶ、名誉ある賞です。『SHOGUN』はドラマシリーズ部門で作品賞、真田さんの主演男優賞、アンナ・サワイさんの主演女優賞を含む、18部門の賞を総ナメにしました」(スポーツ紙記者、以下同)

『SHOGUN』は1600年、関ヶ原の戦いを舞台とする日本。

実は1980年に一度、アメリカで実写ドラマ化されているんです。当時もアメリカではかなり人気がありましたが、今回は新たにリメイクしたもの。アメリカの小説家であるジェームズ・クラベルの『将軍』が原作で、天下取りに向けて巻き起こる数々の陰謀や策略が描かれています。すでにシーズン2と3の制作も決定していて、早くも期待感が高まっています」

“字幕”に馴染みがないアメリカ人

 テレビプロデューサーとして長らく活躍する鎮目博道さんは、今回の『SHOGUN』の受賞について、

「洋画と邦画という表現があるほど、日本人は子どものころから、外国語の映画やドラマに日本語の字幕がついているものを見慣れています。一方、アメリカの人たちは、字幕のついたコンテンツにあまりなじみがないと思います。『SHOGUN』は約7割が日本語で英語字幕です。そうした背景があるにもかかわらず、今年いちばん優れたコンテンツだと評価されたのです。これは大変価値のあることで、多様性が認められるようになってきた証拠です」

 鎮目さんはこれまでの日本文化を題材にしたコンテンツを踏まえ、次のように話す。

「これまでは侍や芸者、忍者などについて、面白おかしく“カッコいい”といわれていたイメージがあり、少し間違った形で日本文化が扱われてきた点もあると思います。しかし、今回は時代劇がしっかりと描かれていました。

 真田さんが“日本文化をきちんと伝えてほしい”と訴え、そうした真田さんの姿勢を見て、制作陣もその思いに応えたのでしょう。その意味でも今回の受賞は、日本人だけではなく、世界中のテレビマンにとっても可能性を広げられたという点で、とても偉大なことです。アメリカ人のエンタメ観やテレビ観などを根底から変えた出来事になっています」

ハリウッドに愛されている人

‘03年、映画『ラストサムライ』の試写会で。左から真田広之、トム・クルーズ、渡辺謙

 映画評論家の伊藤さとりさんは、真田が日本人で初めて主演男優賞を受賞した件について熱弁する。

「真田さんは、2003年に公開された映画『ラスト サムライ』に出演したことを皮切りに、アメリカでの活動を始めましたが、最初はメインキャストではない役の仕事も受けていました。その後も地道に俳優活動を続けたうえで、アクション指導をしたり、作品作りにも貢献していました。今回、そうした努力が報われたのでしょう。私自身も“日本人初のエミー賞はこの人しかいない!”という思いがありました」

 真田が主演男優賞を取るに至った理由は、これまでの経験なしでは語れないという。

真田さんと共演した海外の俳優の多くは、真田さんのことを“ヒロ”と呼ぶんです。真田さんからアクションを教わる中で、敬意や親しみを込め、そう呼ぶのでしょう。真田さんは数々の俳優や監督から絶賛されていて、“ハリウッドに愛されている人”という印象があります。もちろん『SHOGUN』そのものの面白さもあると思いますが、これまでの真田さんの誠実さや確かな実力に注目が集まった結果、主演男優賞を受賞するに至ったのでしょう」(伊藤さん、以下同)

アンナ・サワイ

所作が美しく、凛とした日本女性

 一方、主演女優賞を受賞したアンナ・サワイの演技については、

アンナ・サワイさんが演じた鞠子は所作が美しく、凛としていました。手の置き方や歩き方、あまり大げさな表情を見せないなど、日本から来ている時代劇のスタッフからもアドバイスを受け、当時の日本女性を意識されていたことがとても伝わります。日本語で演じたことで、海外の方からすれば、よりミステリアスで興味深かったのかもしれません」

 映画専門のライターやインタビュアーとして活動する斉藤博昭さんは、『SHOGUN』の制作規模について解説してくれた。

今回はFXスタジオ(ディズニーが持つ製作スタジオ)で制作した作品の中で、過去最高額の規模なんです。全10話で2億5000万ドル、日本円で約350億円に上り、アメリカのドラマの中でも最高レベルです。制作費に莫大な予算がかけられていたこともあり、日本から時代劇の専門家を呼んだり、セットも壮大なものになりました。日本の時代劇がこれまで培ってきたものを、そのまま受け継いでいるような印象です」

 先人たちが紡いできた“大和魂”は脈々と受け継がれ、国境を越えた。

鎮目博道 テレビプロデューサー。報道番組プロデューサーなどを経て、『ABEMA』立ち上げに参画し2019年に独立
伊藤さとり 映画パーソナリティー。年間500本の映画鑑賞をする映画評論家、映画舞台挨拶のMCも務める
斉藤博昭 映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。『リリーのすべて』(早川書房)など翻訳も手がける