ありとあらゆる種類の枕が売り場に並ぶ現代。それでも「身体に一番合ったものを選べている人はごくわずか」と語る整形外科医の山田先生。寝る間際までスマホを見る習慣などで高枕で寝る人が増えてきているというが、この姿勢は睡眠の質を下げるだけでなく首の血管を傷つけ、脳にまで悪影響を与えることが近年判明した。正しい枕を使って、危険を回避して!
今年初め“高い枕で寝ると脳卒中になるリスクが高まる”という衝撃的な研究結果が報じられ、大きな話題となった。脳卒中と聞くと、高齢者の病気というイメージかもしれないが、20代から40代の若い世代でも発症することがあるという。その原因のひとつが「特発性椎骨動脈解離」(以下、椎骨動脈解離)だ。耳慣れない病名だが、一昨年、お笑い芸人の千鳥のノブとダイアンのユースケが相次いで発症したため、記憶にある人もいるかもしれない。
千鳥のノブ、ダイアンのユースケも発症した病気
「椎骨動脈は首の後ろを走って脳に血液を送る血管で、骨の中を通っています。外側からの刺激に弱く、首に無理がかかる体勢や、首の急な動きで血管が骨に当たると血管が裂けてしまい、それにより引き起こされる病気です」
そう教えてくれたのは、枕と脳卒中の関連について明らかにした国立循環器病研究センターの研究グループのメンバー、江頭柊平先生。
「椎骨動脈解離の3~4割が寝ているときに発症し、朝、起きたら首が痛くて気づいたらくも膜下出血や脳出血を起こしていたというパターン。寝ている間に何が起こっているのか長らく原因が不明でしたが、一定数の人が就寝中に高い枕を使うことが、原因で発症していることがわかったんです」(江頭先生、以下同)
それは早朝の回診で、枕を高くして寝ている患者さんが多いことに気づき、枕と脳卒中の関係を疑ったことがきっかけになったと江頭先生。
「病院では枕を1つ支給しますが、高くしないと寝られないからと2つ重ねていたり、掛け布団を枕の上に敷いて使っている方もいたんです」
先生の研究チームで椎骨動脈解離になった人となっていない人の枕の高さを調べたところ、頭が乗っていない状態で12~15センチの高さでは約2・9倍、15センチ以上では約10・6倍と、枕が高いほど発症のリスクが高いことがわかった。
「高い枕で寝ると、首が前に屈曲します。さらにそこから寝返りを打って首が回旋することで、血管がつぶれて傷んでしまうと考えられます」
そのため、健康な血管の若い世代でも血管が裂けることがあるのだそう。ましてや更年期を過ぎた女性や高齢者など血管がもろくなっている年代では、より深刻なダメージを受けてしまう。
スマホを見るために枕を高くしていると…
「日本人は高い枕の方が増えている印象です。特に、デスクワークで首が前屈みになる姿勢が癖になって枕が高くないと寝られない方や、スマホを見るために寝る直前まで枕を高くしてそのまま寝落ちするような方も多いようです」
そう聞いて思わずドキッとした人も少なくないのでは。今まで、脳卒中などの対策として血圧や血液をサラサラにする食生活などに気を使っていた人は多いと思うが、これからは睡眠習慣も見直してもらえたら、と江頭先生。
「ただ、今回の報道後に、“何十年も高い枕を使ってきたからもうダメだ”と悲観する声が届きました。長年の習慣でダメージは蓄積しているとは思いますが、その習慣を見直していけば、寝ている間に脳卒中を起こすといった最悪の事態を避けられます」
さらに、病気や体質などで枕を高くしないと寝られない人は、枕の硬さを意識して。
「枕の硬さも肝心なので、高い枕であってもやわらかい枕を使えばリスクはだいぶ軽減されます。また、枕の肩側にタオルを畳んで敷けば、首の角度が緩和されて比較的安全になります。極端に高い枕だけはやめて、あとは実情に合った対策を工夫してみては」
研究チームではこの疾患を「殿様枕症候群」と命名している。江戸時代に使われた高くて硬い殿様枕が由来だが、興味深いことに当時の複数の随筆に『寿命三寸楽四寸(12センチ程度の高い枕は髪型が崩れず楽だが9センチ程度が早死にしなくて済む)』との記載があり、昔の人が感覚的に高くて硬い枕は寿命を縮めると知っていたことに驚く。
ちなみに椎骨動脈解離は、起きているときにも注意が必要だという。
「料理や農作業で長時間、首を前屈みにしていて呼ばれて振り返ったら発症したとか、飛行機や新幹線の移動中に窓にもたれて数時間寝てしまい、旅行先で痛くなってろれつが回らなくなったなど、首の屈曲からの回旋には要注意。寝違えたと思っていて血管が裂けていた人も。2週間ほどしても痛みがよくならない、普通の肩こりと違う、めまいがするなどの症状があれば病院を受診してほしいです」
ここからは身体に負担をかけない枕の選び方を紹介する。
「合わない枕は不調を招く」
「正しい枕は治療道具としても有益です」
そう話すのは整形外科医として枕外来も開設している山田朱織先生。
「身体に合わない枕は、肩こりや頭痛、手のしびれなどの不調を招きます。それらの症状があったときに、薬や注射など副作用や痛みを伴う治療をしなくても、身体に合った枕を使うことで睡眠姿勢が改善し、症状がよくなる方がいます。痛みがなくなると眠りも深くなり身体全体が健康になっていきます」(山田先生、以下同)
約40年にわたり、整形外科医であった父とともに枕と睡眠を研究してきた山田先生。高い枕が脳卒中のリスクも高めると知って、さらに枕の大切さを実感。
「整形外科の観点から、枕は骨や関節、神経へ影響するものと考えてきましたが、殿様枕症候群は“血管”に与えるダメージも大きいことがわかり、枕の身体への影響力に驚いています」と話す。
先生が考える身体に理想的な枕には3つの条件があるという。
「1つは、体格に合った高さ。高すぎる枕もよくありませんが、低すぎる枕もよくありません。あおむけで寝たときに横から見て首が15度の角度で、横向きで寝たときに身体の軸が布団に対して平行になっている状態がベストです」
頭を乗せたときに男性75ミリ、女性60ミリの高さが一般的な平均値だというが、あくまで目安として、5ミリ単位で自分に合った高さを調整するのが望ましい。
「2つ目は適度な硬さ。頭を乗せて沈み込まない硬さがあることが大事。2リットルのペットボトルを乗せて5ミリ以上大きく沈まなければ大丈夫です」
3つ目は平らな形。
「体液の循環や体温調節、姿勢のリセットなどのため、人はひと晩で何十回も寝返りを打ちますが、それにはフラットな構造であることが重要です」
高すぎや低すぎのほかに、今使っている枕が自分に合っているか確認する目安も教えてもらった。
下の項目にチェックが多い人ほど枕が合っていない可能性が高い。睡眠は人生の3分の1を占めるからこそ、その寝姿勢が重要。理想の枕で健康的な人生を歩みたい。
その枕合っていないかも! チェックシート
・目覚めた時に枕が頭から離れている(ズレている、落ちている
・枕や頭の下に手を入れて寝ている、腕を上げて寝ている
・目が覚めるとうつぶせで寝ている
・朝起きると手や腕にしびれがある、首や肩が痛い
・熟睡感がない
・寝返りを打つと目が覚めてしまう
山田先生考案 玄関マット枕の作り方
高さ、形、硬さと3条件を満たす市販の枕を探すことは難しいと山田先生。「世の中にはありとあらゆる硬さ、形の枕が販売されていますが、なかなか合うものを探すのは難しく、なんだか寝起きがしっくりこないという枕難民も少なくないはず。そこで手作り枕をオススメしています。玄関マットかキッチンマットを折って高さ3~4センチの土台を作り、その上に折ったタオルやタオルケットを重ねればOKです」
1 裏地がついた硬めの玄関マット(50×90センチ程度)を3つに折る
2 その上にタオルケットを折って重ねる。タオルケットの畳み具合を調整して自分の体格に合った高さにする
江頭柊平先生●脳神経内科医。国立循環器病研究センターの研究チームの一員として、殿様枕症候群による脳卒中のリスクを提唱。現在、京都大学 大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 博士後期課程。
山田朱織先生●16号整形外科院長。山田朱織枕研究所 代表取締役。長年、臨床研究に基づいた枕と睡眠分野の研究を行う。著書に『首姿勢を変えると痛みが消える』(フォレスト出版)など多数。
取材・文/荒木睦美