脳の病気で重い障害のあるリンちゃん(1歳9か月)。リンちゃんは現在、口の手術に向けて準備中。鼻の入り口の皮膚を広げる器具をつけている

 全前脳胞症の障害があり生まれてきたリンちゃん。結婚当初から不妊治療に取り組み、1年かけてようやく授かった命だった。「中絶はまったく考えていなかった」という両親だが、医療的ケアが日常的に必要であり、今後を思うと不安は尽きない。そんな状況の中で、現状をSNSで発信する理由とは。

「妊娠20週目の検診で口唇裂の疑いがあり、翌週大きな病院で検査をしました。そこで初めて脳に問題があると指摘されたんです」

 そう話すのは、障害があり生まれたリンちゃんの母・nikkoさんと父・ゲンさんご夫妻だ。YouTube「リンのミラクルLife」でリンちゃんとの日常を発信している。

検査当日に迫られた出産の決断

 結婚当初から不妊治療に取り組み、リンちゃんは1年かけてようやく授かった命。だが医師からは、高い死産の確率や生後間もなく亡くなる可能性、そして奇跡的に成長しても、歩くことはおろか、意思疎通も図れない病気であることを突きつけられた。

「法律上、堕胎できるのは妊娠22週目まで。私は21週と4日目だったので、もし中絶を選ぶなら今日中に決断してほしいと言われ、もう頭が真っ白になってしまって。でも中絶はまったく考えませんでした。既に胎動もあったし、脳に異常があると言われても実感がなく、とにかくこの子を失いたくなくて」(nikkoさん)

 ゲンさんも驚いたというが、これも自分たちの運命だと受け入れて、一緒に頑張っていこうと話したという。その日、産もうと心に決めたものの、揺らいだ。しかし、自分たちのためにもその決断は正しいものだと信じ、産む意志を固める。

「母性が育まれた状態で中絶すると、身体への負担はもちろん精神的にも不安定になると、ゲンちゃんが調べてくれて。私のためにも産むことが良いという結論に至りました。それに、同じ病気の方のブログを母から教えてもらい、すべて読んだんです。その方のさまざまな葛藤や、かわいいお子さまの頑張る姿に勇気をもらい、決断しました」(nikkoさん)

 一方で、もしもの時にはわが子の延命治療をしないと、出産前から決めていた。

「大きな手術までして延命するのは、本人も私たちにも苦しい選択になるだろうと。何度も話し合い、酸素吸入や栄養補給などの苦しみを和らげる治療にとどめ、本人の生命力に懸けようと決めていました。出産も自然分娩にこだわり、耐えられなければそれも運命なのだろうと」(nikkoさん)

 2022年12月。17時間にわたる自然分娩に耐え、リンちゃんは大きな産声を上げた。必死に生きようとする姿に、ふたりの気持ちも変化していく。

「延命治療をしないと決めたのに、出産した日には揺らいでいました。もう生きるための術は何でもやっていこうと思うほどかわいくて」(nikkoさん)

意思疎通はできないといわれたが、感情はある

 リンちゃんは全前脳胞症の中でも最重症のアローバー型。唇が真ん中で割れた口唇裂で、鼻の穴はひとつだけで鼻骨もない。だが、意思疎通はできないといわれていたが喜怒哀楽の表情ははっきり見てとれる。心配された染色体の異常もなく、4か月の入院生活を経て自宅での医療的ケアが始まった。

生まれたばかりのリンちゃん。脳が左右に分かれておらず、うまく生きていけないといわれた

「胃ろうの手術を行ったので、今は1日4回食事注入をしています。この病気はけいれんがよく起こるので、日に4回抗てんかん薬の投薬も行います。けいれんや発作が起こると痰や唾液も出るので、吸引器で吸うのもケアのひとつ。モニターで呼吸の数値を常に確認し、夜には経鼻酸素をつけます」(nikkoさん)

 さらに、汗がかけず身体の熱がこもりやすいので、体温調節は一番気にかけているという。

「体温が上がるほど発作も強まるので、いかに早く身体を冷やしてあげられるかが大切。保冷剤を敷いたり、霧吹きで身体を濡らして扇風機にあてたりと、時間や体力を使いますね。頓服薬を使う時もあるのですが、肝機能の数値も気になるので頻繁には使いたくなくて。寝る時は逆に体温が35℃台まで下がるので、夏でも毛布でくるんであげないといけないんです」(ゲンさん)

 現在は月1回の検診に加え、口唇裂を治す手術に向けて、2~3週間に1度口腔外科の病院へ通っている。日常的なケアや手術は、国の制度に助けられているという。

「全前脳胞症は小児慢性特定疾病に指定されているので、検診や手術には助成金があり、口唇裂の手術も適用内だろうといわれています。酸素濃縮器とモニターはレンタル、ガーゼやカテーテル、シリンジなどの医療ケア用品は病院から支給してもらえます」(nikkoさん)

 だが将来のことは想像がつかないというのが本音だ。

「先のことは幸せな悩みなので考えられないです。でも成長すると体重も増えるので、ケアを行う私の体力にも限界があるという不安はあって。入浴介助用具や車を福祉車両に改造したりなど今後必要になるはずで、費用面の不安もあります。仕事復帰はまだ考えられませんが、安心できる預け先があればいいなと思いますね」(nikkoさん)

YouTubeが社会とのつながりに

 家にこもりきりでケアに励むnikkoさんだが、昨年4月に始めたYouTubeチャンネルが社会との大きな接点になっている。

「始めた理由は3つあって、1つは同じ状況の方のブログを見て、私自身が勇気をもらったこと。今後同じ診断を受けた方が、前向きになるきっかけをつくれたらと。2つ目は看護師さんなどに“面白いね~癒されるね、こんな子初めて!”と言ってもらえたこと。入院中の誰よりも声が大きく、面白いエピソードがいっぱいある子で(笑)」

 親バカながら、病気があってもリンにはすごいパワーがある。そんな様子を多くの人に見てもらえたらいいな、と語る。そして理由のもう一つは─。

「今の時代、一般的な子は成長するにつれ自分の意思でSNSや社会とつながれるけど、この子にはそれができない。だからこそ生きている証しを残したくて。リンのおかげで命の尊さや、当たり前の生活がいかに幸せかを教えてもらったので、それを発信したいんです」(nikkoさん)

初めての遠出でディズニーランドへお出かけ。YouTubeでもリンちゃんの可愛らしい様子が配信されている

 ひとつのショート動画が600万回以上再生され、登録者が一気に1000人を超えた。だが閲覧数が増えるにつれ、ネガティブな声も届くようになる。

「リンの顔貌について《閲覧注意をつけろよ!》や《子どもの顔を晒すな》という意見、《自分の子がこうじゃなくてよかった》という声には傷つきました。でもそれは少数で、それ以上に《なんてかわいい子なんだ、癒される》といったコメントも頂きました」

 今では登録者数も1万人以上に増えて、それもnikkoさんの自信にもつながったそう。

「私たちは社会的にサポートを受ける側だけど、発信する側になれば、誰かにありがとうと言ってもらえるし、賛否両論はあっても社会とつながれます。医療ケア児のことをより知ってもらえるのであれば……。私たちの存在を無視されるよりは、最初はかわいそうだとか、口元はどうなっているの?という興味本位でもいいんです。ただリンを知ってもらえたら、少しでもかわいいと思ってもらえたら、それで十分うれしいし、ありがたいなと思います」(nikkoさん)

nikkoさん・ゲンさん夫妻 
全前脳胞症の娘・リンちゃんを授かり、妊娠中からブログを更新中。医師から「生まれることができるかわからない」と言われながらも、奇跡的に誕生。YouTubeでは現在の日常や医療ケアについて配信中。

取材・文/植田沙羅