写真/荒木経惟 『いのちの乳房ー乳がんによる「乳房再建手術」にのそんだ19人』より 再建した乳房を公にした当時の真水美佳さん

「乳房再建」とは、乳がん手術によって失われた乳房の形を元に近づける手術のこと。「温泉にも行けるし、喪失感もない。やってよかったです」そう語る女性は、あとに続く患者たちの参考になればと自らモデルにもなった。「病気になっても自分らしく」そのための発信を続けている。

乳房再建をいまだに「美容整形」と捉える人は少なくない

 真水美佳さんは40代前半に自治体で受けた乳がん検診でひっかかり、乳腺外科の専門医に診てもらったところ「左胸にしこりがある」と言われたという。しかし、超音波やマンモグラフィーでは映らない程度であり、5年間、毎年欠かさず検診を受け続けた。

変化がないので、医師の勘違いじゃないのか、と思っていたところ、16年前の48歳のとき、ついに会社の検診でも要精密検査に。その結果、左胸に2.5cm、今まで何もなかったはずの右胸にも3mmと7mmのがんが見つかったんです」(真水さん、以下同)

 医師から「両側乳がん」で左側は温存し、右側は全摘したほうがいいと告げられる。ただ、身体にメスを入れることには大きな抵抗があった。

叔母も乳がん経験者で片胸がなかったんです。小学校低学年のころ一緒にお風呂に入ったとき、あばらの浮いた平らな胸を見てビックリしたのを覚えています

 ショックで愕然としつつ、なぜがんが小さいほうの胸を全摘するのかにも納得がいかなかった。

誤診も疑い、セカンドとサードオピニオンを受けました

 2008年1月末にサードオピニオンの医師から、病状や手術内容などを詳しく説明され、やっと自分は乳がんなんだとのみ込めたという。

 最初に診断を受けた病院の主治医からは、「この病院では乳房再建をしていません。再建したいなら自分で探してください。紹介状はいくらでも書きます」と告げられる。

当時はまだ乳房再建はメジャーではなくて。このとき初めてその言葉を知り、『その手があるのか!』と、教えてくれた先生に感謝しましたね

 そこで改めて病院探しを開始するも、そのころは体験者ブログから得られるわずかな情報しかなかった。

友人からおすすめされた病院も、予約を取るのすら困難で。手術する病院が全然決まらず“手術難民”になってしまい、心がポッキリ折れて。一時は『もうどうでもいい。このまま天寿を全うしようか』と考えたり、完全にやさぐれていました(笑)

 がん告知から4か月ほどが過ぎ、進行も気になったため、乳房切除術と再建手術を別々の病院でやろうと気持ちを新たにする。ただ、切除方法によっては再建手術が限られるケースもあることがわかってきたが、詳しい情報は得られなかった。

そこで再建をやっている病院で、どう胸を切除すれば再建できるのかを聞き、その内容を当時の主治医に伝えようと思ったんです。今、考えればずうずうしいのですが、そのときは人生最大の行動力で。とにかく胸を残したい一心でしたね

 形成外科医に話を聞きに行ったところ、乳腺外科医にたまたま診てもらえることに。

そうしたら、2つの手術を一度に行う“同時再建”をしてもらえることが決まったんです

 乳房の再建は自分の組織を使う「自家組織」と、「インプラント(人工物)」を挿入する方法がある。真水さんは、腹部の脂肪などを胸に移植する「腹部穿通枝皮弁」を行うことに。

当時はインプラントが保険適用ではなかったのもありますが、再建を担当する形成外科の先生が自家組織による再建法で有名な方だったので、迷いはありませんでした

真水美佳さん

 手術直後は切除したお腹の痛みに苦しんだ。腕のしびれやお腹のツッパリ感はあるが、普通に生きていてもいろいろある年代……少々の不具合があって当たり前、と深く考えはしなかった。

再建はしてもしなくてもいいものですが、私にとっては歯が抜けたら差し歯をするのと同じ感覚。同時再建だったため、『胸を失った』という喪失感もなかったですし、傷痕も目立たず、温泉にも気兼ねなく入れるので、やってよかったと思っています

 再建の費用は高額療養費制度を利用して、10万円未満に。

乳房を全摘する場合は再建手術が保険適用となりますが、知らない人がまだまだたくさんいるんです。また、片胸がないと身体の左右のバランスが崩れ、姿勢が悪くなり、腰痛や肩こりなどに悩まされることも多いそうです。下着着用時、補正パッドをつける手間もいりません

 乳房再建をいまだに「お金持ちが受ける特別なもの」や「美容整形」と捉える人は少なくない。普通に生活するための当たり前のものを取り戻す、治療のひとつだと知ってほしい、と真水さんは語る。

蜷川実花さん

 手術から2年後、真水さんは自身を含め、乳房再建手術を行った女性をモデルにした写真集を上梓した。

手術前、再建したらどんな胸になるのか知りたかったのがきっかけ。病院で見た症例写真は、首から下の胴体だけなので、患者さんたちがどんな表情なのか、すごく気になっていたんです。それに、私と同じ自家組織再建をした人でも、担当医によってメスの入れ方は異なります。そういった違いも術前に知ってもらいたいと考えました

選択肢のひとつであることを事前に知っておいてもらえたら

 仲間と企画し、写真家の荒木経惟氏に撮影を依頼。モデルを集めて写真集の発売にこぎつけた。だが、写真集を乳房再建手術の国際的な学会で販売するも、当初、国内の医療関係者の反応は冷ややかなものもあった。

 それでも患者たちの励みになりたいと、助成金を受けて全国の乳腺外科のある医療機関などに写真集を送り、受付に置いてもらえるようお願いした。やがて、写真集を見た患者やその家族から「勇気づけられた」「希望が持てた」といった声が届き、本も完売。

 問い合わせも増えたため、今月、第2弾を発売する運びに。今回は写真家の蜷川実花さんによる撮り下ろしだ。

蜷川さんが企画に賛同してくださって、とても温かい雰囲気の中で撮影ができました。写真も素敵に仕上がっているので楽しみですし、再建手術が特別なことではないことを知ってもらうチャンスにしていきたいです

 今回は医療関係者やさまざまな団体から支援や寄付が集まり、乳房再建への理解が深まっているのを実感したという。その一方で、再建への地域や年齢格差はいまだに根強いと感じることも多いそう。

実際、再建手術がゼロの県もあります。そういった自治体では乳がん患者が最低限の情報も得られず、社会の理解も低い。高齢者は年齢を理由に“再建しなくていいよね”と置き去りにされがちなのも、看過できません

 どう治療するのかはそれぞれ個人の自由だが、情報は平等であるべき、と真水さん。

理由はさまざまですが“孫と温泉に行きたい”と、70代や80代を過ぎて再建をする方もいます。乳がんになっていない女性にも、治療の中の選択肢のひとつであることを事前に知っておいてもらえたら

蜷川実花さん特別メッセージ

 今回の企画を聞き「誰かの背中を少しでも押すお手伝いができるなら」と、すぐに賛同したという蜷川さん。乳房再建をすすめるものではなく、再建を希望する人にとって“自分で判断するための情報のひとつになる写真集”という趣旨にも共感したそう。

 撮影では、モデル一人ひとりと向き合う時間をつくり、“自分を肯定し、より愛せるきっかけ”になるようにスタッフ一丸となって挑んだ。

モデルのみなさんは、つらいことを経験してきたからこそ、輝いている『今』があるので、その『今』を祝福できる写真にしたいと意識して臨みました。彼女たちの“輝く力”が、現場で携わった全員を元気にしてくれたように、写真集を見て、『こんな方法があるのか』『こんな人生があるんだ』と知っていただき、少しでも前向きな気持ちが芽生えるきっかけになったらうれしいです

蜷川実花さん 写真家、映画監督。写真を中心に映像、空間インスタレーションも多く手がける。クリエイティブチーム「EiM」の一員としても活動。

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第2弾写真集『New Born 乳房再建の女神たち』

30代~60代の乳房再建経験者12人を、蜷川実花さんが撮り下ろした。『New Born 乳房再建の女神たち』赤々舎より10月発売予定

取材・文/荒木睦美

真水美佳さん NPO法人エンパワリングブレストキャンサー(E-BeC)理事長。'08年に両側乳がんに罹患。'10年に写真集『いのちの乳房』を企画・出版。'13年にE-BeCを設立し、乳がん患者のQOL向上に尽力する。