発行は約225万部を記録。映画化、ドラマ化、漫画化もされ、翻訳版も出た、平成を代表するベストセラーともなった『ホームレス中学生』から17年。このたび新装版を発売した、作者の麒麟・田村裕さん。あれから何があったのか。そして、何が変わらなかったのか―。振り返りつつ、これからの思いを語ってもらった。
《ご覧の通り、まことに残念ではございますが、家のほうには入れなくなりました。厳しいとは思いますが、これからは各々頑張って生きてください。…………解散!!》
日本じゅうに“ホームレス中学生旋風”を巻き起こした
'07年に発売された、人気お笑いコンビ・麒麟の田村裕さん(45)の自叙伝『ホームレス中学生』(ワニブックス)は、彼の父が放った「解散」の2文字から始まる。田村さん自身が、学生時代に過ごした極貧生活を赤裸々に綴った同書は225万部を超える大ベストセラーとなり、日本に“ホームレス中学生旋風”を巻き起こした。
「当時は、ファンレターの代わりに読者の方が、実際に書いてくれた読書感想文をたくさん送ってくれました。すべて残してあるので、じっくり読むのが老後の楽しみです」
元・ホームレス中学生こと田村裕さんは、そう話す。そして今年7月、17年の時を経て『新装版 ホームレス中学生』(ワニブックス)を上梓した。新装版の帯には、相方・川島明さんが写真つきのコメントを寄せている。
「出版社の方のアイデアで、川島くんに帯コメントをもらうことになりました。一瞬、今売れている川島くんの本かと錯覚するので、ほんまに商売上手ですよね!(笑) 新装版の発売についても、出版社の方からご提案いただいて実現しました。今の子どもたちは『ホームレス中学生』を知らない世代なので、若い人に手に取ってもらえるとうれしいですね」
今回の新装版では、当時の内容の加筆修正に加えて2編の書き下ろしコラムが収録されている。きょうだい3人で過ごした思い出のアパートを数十年ぶりに訪れた際のエピソードや、家を失い、公園で生活していた田村さんを受け入れてくれた恩人・川井さん一家との再会の様子が綴られている。
「前回から17年たちましたが、読み返してみると文章力はまったく上達していませんでした。そのへんも統一感があって、書き下ろし部分も読みやすいかもしれません(笑)。
実は、書き下ろしを書いたあと仕事のついでにアパートがあるエリアに行ってみたんです。でも、そのときにはすっかり更地になっていて『ついになくなったか〜』と、少し切ない気持ちにはなりましたね」
『ホームレス中学生』ブームのころに読んだ読者も、新たな視点で楽しめる一冊だ。
当時だからできた先生と生徒の関係
田村さんは、自著の中でさまざまな“人との出会い”への感謝を綴っている。
「僕の人生は、ほんまに返しきれない恩ばかりなんですよ。公園生活から救ってくれた川井家のおばちゃんとおじちゃんは『この家に住んだらいい』と言ってくれました。自分に置き換えてみても、わが子が突然連れてきた、よく知らない子どもに対してなかなかそんなこと言えないですよね。
高校の恩師の工藤さんは、先生と生徒ではなく“対等”に接してくれる人でした。卒業後も家族ぐるみでお付き合いがあり、僕が大阪で講演するときはいつも見に来てくれたんです。数年前に他界してしまったのですが、今も講演会に行くとどこかの席で見守ってくれているような気がします」
そして、バスケ少年だった彼が、今も“バスケ芸人”として活躍できているのは「3人の恩人のおかげ」と田村さんは語る。
「1人目は中学時代にバスケ部でキャプテンをしていた“ゴリ”。中3のとき、最後の練習試合の日の朝に家までゴリが迎えにきてくれて、その後もバスケを続けるきっかけをくれた同級生です」
2人目は、高校時代のバスケ部顧問の山川先生。試合の交通費やユニフォーム代など、支払いに困っている田村さんにお金を貸してくれたり、大事にしていたバッシュをプレゼントしてくれたりと、彼が経済的な理由で部活動を諦めずに済むようにサポートしてくれた人物だ。
「ただ、つい最近僕の勘違いが判明しまして……。長年『山川先生からバッシュを2足もらった』と思っていたのですが、もう1足は理科の覚前先生が買ってくれたものだったんです。先日、山川先生の定年退職パーティーで、涙ながらにバッシュの話をしたところ、出席していた覚前先生から『2足目のバッシュを買ったのは俺やで。田村の勘違いや』とツッコまれて、驚きすぎて涙が引っ込みました(笑)」
田村さんは、自身の学生時代について「当時だからこそできた“大人との関わり方”だったのでは」と振り返る。
「あのころの僕は家庭環境の複雑さだけでなく、精神的にも不安定なところがありました。そういう部分も含めて、先生たちは気にかけてくれていたんだと思います。今は、先生と生徒がそこまで密な関係を築くのは難しいですよね。今だったら、生徒にバッシュを買ってあげるなんて大問題になるかも。あの時代だからこそ、乗り越えられた部分はたくさんあると思います」
そして、3人目の恩人は実の兄・研一さんだ。
「僕が高校生のころはマイケル・ジョーダンが大流行していて、バスケ少年はみんなジョーダンのアイテムを持っていたんです。でも、当然うちにはそんなものを買う余裕はなく、僕が使っていたジョーダンのリストバンドは友達のお下がりでした。そんな僕に、兄はジョーダンのTシャツを3枚もプレゼントしてくれたんです。自分だって遊びたい年頃なのに、弟の誕生日に1万円近くするTシャツを買ってくれて。当時の兄の気持ちを思うと、今でも涙が出てしまうんです」
当時、研一さんは何度も「部活だけはやめるな」と叱咤激励してくれた存在でもある。田村さんが自らの道に迷ったり、生きる気力をなくしてしまったりしたときに、いつも指針となる言葉をかけてくれたという。
「兄自身も高校まで野球部に所属していて“1つのことを最後までやり遂げる意味”を僕に知ってほしかったんやと思います。兄がいなければ、大人になってもバスケを好きでい続けられなかったでしょうね」
今回の新装版には、そんな研一さんとの「兄弟対談」も収録されている。
「気恥ずかしさもありましたが、兄の気持ちを直接聞ける貴重な機会になりました。(『ホームレス中学生』の)盛り上がりにあやかって兄も僕の次に『ホームレス大学生』という本を執筆したんですけど『そっちの新装版は出ないの?』と聞かれたので『予定はないみたいやで』と伝えておきました(笑)。兄は僕以上の苦労人なので、そちらもぜひ読んでほしいです」
関西マダムたちに持ち上げられて…
『ホームレス中学生』ブームから17年。一時は仕事が減り、一発屋ならぬ“一冊屋”と呼ばれた時代もあった田村さんだが、近年はバスケットボール関連の仕事をはじめ、多方面で活躍の場を広げている。10月には自身の人生観や子育て、夫婦関係や芸人としての生き方を綴ったエッセイの発売を控えているとのこと。
「実は、ひとつ困っていることがあるんです。『ホームレス中学生』で2億円の印税が入った、という過去の情報を娘が仕入れてしまい、僕が本を出せば売れると思っているんですよ。今回の新装版と新刊のエッセイを合わせて“4億円の印税が入る”という大きな勘違いをしているので『そんなに売れへんよ』と諭してはいますが、どこまで伝わっているのか不安です(笑)」
そして昨年からは、関西の情報番組『よ〜いドン!』(カンテレ)の人気コーナー『いきなり! 日帰りツアー』のレギュラーを担当。関西のマダムたちから熱い支持を得ているという。
「先輩芸人のたむらけんじさんから担当を引き継いだ、関西のマダムたちを日帰りツアーに連れて行く企画です。どうやら、そこでの僕の立ち居振る舞いが大好評なんです。あくまでマダムたちからの声ですが、最近は僕の“ビジュアル”までよくなっているとか(笑)。『よ〜いドン!』が放送されていない地域もあるので、まずは僕のインスタグラムをのぞいてもらえるとありがたいです」
ホームレス中学生から、マダムキラーへと成長を遂げている田村さん。これからの躍進に期待大!
新刊のご案内
田村裕●1979年、大阪府生まれ。吉本興業所属。'99年に相方・川島明と麒麟を結成。本格派漫才コンビとして頭角を現し、'07年に自身の過酷な幼少期を綴った著書『ホームレス中学生』(ワニブックス)が大きな話題に。このほど、『新装版ホームレス中学生』(ワニブックス)を出版。
取材・文/大貫未来(清談社)