近年、全国各地に専門店が増加するなど、常に進化し続ける「おにぎり」をフィーチャー。誰もが愛する国民食、おにぎりの魅力を発信し続けるスペシャリストに解説してもらった。
おにぎりの最新トレンドは
昨年の猛暑の影響で供給量が減る一方、インバウンド増加で需要も増えるなど全国的に米不足に踊らされた夏。今年の出来は順調で、徐々に新米も出始め、明るい兆しが見えてきた。
2023年ぐるなび総研「今年の一皿(R)」に「ご馳走おにぎり」が選ばれ、おにぎり専門店が各地に増えるなど、日本が誇る国民食が進化を遂げている。
食欲の秋、思いきりおいしいお米が食べたいということで、おにぎりの国内外への普及に努める「おにぎり協会」代表理事の中村祐介さんに聞いた。
「コロナ禍で夜の外食が減った分、昼を少しリッチにという気分もあってか、コンビニでも高価格帯のご馳走系のおにぎりが売れるようになりました。既存のおにぎり専門店の値段とあまり変わりませんが、専門店では握りたて、できたてのおいしさを味わえる。おにぎりは安いものでいいと思っていた人も専門店に興味を持つように」
と中村さん。専門店をオープンするにあたっても、
「特別な機械も必要なく、小スペースで開業しやすい。握るのには技術が必要ですが、日本人ならおにぎりの調理法に慣れ親しんでいる。そして、から揚げや食パン、タピオカなどの専門店とは違って、おにぎりは“食事”。流行り廃りがないのも専門店の数が拡大した要因だと考えています」
最近のコンビニのおにぎりは消費者のニーズに合わせ、低価格帯からご馳走系まで幅広いラインナップになっているという。
「例えば、セブン-イレブンでは、納得のおいしさを手頃な価格で提供する『うれしい値!』商品に注力。ファミリーマートは、お米・具材にこだわった贅沢おむすび『ごちむすび』シリーズとして名店『賛否両論』『上野精養軒』監修の『絶品おむすび』を発売。
ローソンでは『日本おこめぐり』シリーズとして、日本各地の単一ブランド米のみを使用したおにぎりを定期的に発売。地域のおいしさを全国に発信するなど、おにぎりの中にいろんな切り口、バリエーションが増えてきているのが最近のトレンドですね」(中村さん、以下同)
専門店も同じくバリエーションが豊富で、依然として素材にこだわったご馳走系のおにぎりが人気なのだそう。
「以前は作り置きをしているお店が多かったのですが、最近は注文を受けてから握るなど、できたてにこだわるお店が増えてきていますね」
おにぎりが一流の料理として認知された
ちなみに専門店で有名なのが、東京・浅草にある東京で一番古いおにぎり屋さん『おにぎり浅草宿六』と東京・大塚にある『ぼんご』。
「宿六は、コロナ禍前に『ミシュランガイド東京2019』で初めてビブグルマンとして掲載。おにぎりが一流の料理として認知されました」
コロナ禍が明けて以降、夜も営業するおにぎり店も増えてきている。
「東京・豊島区の『おにぎり・とん汁 山太郎』。夜は『夜山太郎』として、おにぎりの具材を酒のおつまみとして小鉢で楽しめます。岩手・盛岡市の『握り飯 銀香』も、昼間は握り飯専門店、夜はおにぎりの具材をアテに日本酒を楽しむバーとして営業。
大阪・北新地の『おにぎり竜』は、プロボクサーの方が開いたお店で、おいしいおにぎり、おでん、お酒が楽しめる居酒屋。専門店もいろいろと進化中です」
ちなみに9月30日から放送が始まったNHK連続テレビ小説『おむすび』。舞台は平成で、阪神・淡路大震災も描く作品となっている。
「実は、阪神・淡路大震災の起きた1月17日は“おむすびの日”。ボランティアの炊き出しにより、被災者に多くのおむすびが届けられたことから、人と人との心を結ぶ“おむすび”の日が制定されたそうです。おにぎり、おむすびは誰かのために作るもの。誰かのことを思いながら、『おむすび』を楽しみたいですね」
中村さんにとって、おにぎりはどんな存在なのだろうか。
「実は中学時代に拒食症になり、ごはんが食べられない時期がありました。そのときに母が無理して食べなくてもいいからと言いながら、いつも握ってくれていたのがおにぎり。やっと食べることができたとき、それがとてもおいしくて。自分を生き返らせてくれたのが“おにぎり”だったんです。
社会人になってIT・ビジネス関係会社を起業し、海外の人と話す機会が増えたのですが、おにぎりのことを聞かれてもうまく答えられない。おにぎりをもっと知りたい、おにぎりを通して和食文化の素晴らしさを世界に発信したい、命を救ってくれたおにぎりに恩返ししたい。そんな思いで10年前に『おにぎり協会』を立ち上げました」
運動会や受験勉強を頑張って、遠足や旅行を楽しんで、お仕事お疲れさま──渡す人の顔を思い浮かべながら、その気持ちを込めておにぎりに託す。そして、おにぎりに込められた思いに感謝しながら食べる。
おにぎりはコミュニケーションツール
「おにぎりはコミュニケーションツールともいえるのかもしれません。具材は和食に限らず、海外の見慣れない食べ物も包み込んで“おにぎり”になる。片手で手軽にかぶりつけて、お箸のマナーも不要なのが海外でも人気の理由ではないでしょうか」
ちなみに中村さんにとって一番のおにぎりは、中学生のときに母親が握ってくれた梅干しと明太子のおにぎりだそう。あなたは誰を思って“おにぎり”を握りますか?
取材・文/住田幸子
中村祐介さん 2014年に一般社団法人おにぎり協会を設立。おにぎりを通じて和食文化の普及活動を国内外で行う。『マツコの知らない世界』をはじめメディア出演多数。2024年、自治体や企業などと共に「おにぎりサミット(R)」を初めて開催した。