32歳で腎臓がんと診断された「はんにゃ.」の川島章良。メディアでは明るいキャラを求められるも、現実ではがんと闘う日々ーー。葛藤の闘病生活を振り返ってもらった。
「昔から健康で、インフルエンザにもかからない頑丈なタイプ。まさか大病を患うとは思っていませんでした」
がんのことは一部の人にしか言わず
2014年に32歳でステージ1の腎臓がんがわかり、治療に取り組んだ川島章良さん。自身ががんになるとは想像もしていなかった。
「ただ病気がわかったときは、暴飲暴食している時期。大食い番組のロケで3~4軒はしごしてめちゃくちゃ食べて。その後、夜の11時に先輩からごはんに誘われたら、食べてないですって言ってまた食べて。さらに朝の4時5時ぐらいまで飲むような毎日を送っていました」
人間ドックや健康診断を受ける習慣もなかった。当時付き合っていた妻の妊娠をきっかけに、生まれてくる子どものためにと受けた健診でがんだとわかった。
「家族ができるっていうことは、自分の身体だけじゃなくなるんだなと思って。奥さんのすすめもあって受診しました。コンビニに飲み物を買いに行くぐらいの軽い気持ちでしたね。たぶん、太りすぎですよって言われるかなって」
体調不良などの予兆もなく、突然のがん診断。当初、診断結果は妻や相方、会社の上層部などごく一部の人にしか言わなかったが、宮迫博之には相談したという。
「宮迫さんも胃がんサバイバーなので、いろいろアドバイスしてくれて。セカンドオピニオンは絶対受けたほうがいいと言われました。宮迫さんはセカンドオピニオンで緊急手術になった体験から、その大切さを身をもって知ったそうです。あとは世間には公表しないほうがいいんじゃないかとも言われました。芸人という職業柄、がん患者って言うと、笑ってもらえないんじゃないかって」
そんなアドバイスも受け入れ、公にせず治療にあたった。親身になってくれた所属事務所の吉本興業にも、とても感謝しているという。
「吉本興業にしては珍しく(笑)、すごく面倒を見ていただいた。セカンドオピニオンを受診した際には会社が予約を入れてくれたりして。副社長の藤原さんが、駅で待っていてくれて、病院まで付き添ってくれました。僕は隣でいつ“川島、アウト~”って言われるかとドキドキしてましたが(笑)、終始優しく話しかけてくださって。ありがたかったですね」
術後すぐに和田アキ子を人力車に乗せる仕事が
闘病を隠しながら芸能活動を行ったため、手術のタイミングも難しかった。
「テレビの仕事は年末からお正月にまとまった休みがあるんです。そこなら収録もロケもないので、公表せずに手術できるなとお正月休みに手術しました」
開腹手術は無事成功し、抗がん剤治療の必要はなかったそうだが、病気を隠していたため、術後2週間で復帰せざるを得なかった。
「術後、自分が思ったより歩けなくて。退院して最初の仕事が『もしもツアーズ』という番組の京都ロケ。和田アキ子さんを人力車に乗せるという企画でした。事務所に相談して、腰痛ということで人力車は引かずにすみましたが、歩くだけでも痛かったので、隠しながらの仕事は大変でしたね」
手術から1年半を経て、テレビ番組で病気を公表。当時は反響もかなり大きかった。
「すごく悩みましたけど、公表したことで仕事の幅が一気に広がって、僕の人生も大きく変わったと思います」
これまでになかった講演会の依頼など、新しいジャンルで活躍する機会が増えた。
「トークが苦手で、講演会なんてとてもできるタイプじゃなかったんです。そんな僕が今では60分とか90分とか一人で話しますから。たぶん僕の場合、早期発見だったし治療もシンプルだったしラッキーな偶然が重なっているので、がんのエピソードが楽しく話せるのが大きいかもしれません」
講演会の他にも、ダイエット本の出版や、育児の資格を取ったり、だしの会社を起業したりとさまざまな分野にチャレンジしている。
「それまでは芸人が副業みたいなことはしないほうがいいんじゃないかとも考えていたのですが、がんを経験して、やれること、やろうと思ったことは確実にやっていこうっていう思考に切り替わりました。1回きりの人生、明日急に病気になって何もできなくなるかもしれないなって」
つらい時期を乗り越えて、強く前向きになったという川島さん。
「いまだに怖いですけどね。またいつなるんじゃないかっていう思いもありますし。でも逆に“よっしゃ”と思えるかもしれないです。またエピソードがつくれるわって。それくらい笑い飛ばせる強さがあれば、上手に乗り越えられるんじゃないかな」
「はんにゃ.」川島章良●1982年生まれ、埼玉県出身。リズムネタを生かしたコントで人気のお笑いコンビ、はんにゃのツッコミ担当。2014年に腎臓がんであることを公表。現在は、お笑いライブやテレビのバラエティー番組、舞台を中心に活動する一方、がんサバイバーとして講演会などで啓発活動も行う。
取材・文/諸橋久美子