平均寿命の差から、老後おひとりさまになる確率が高いのは女性だ。「お金も頼る人もなく、不幸な最期を余儀なくされた人も多く見てきました」と、遺品整理や終活サポートを手がける山村秀炯さん。そんな末路を避けるために、今からやっておくべき備えとは?
老後をひとりで過ごす“おひとりさま”が増えている。2023年の厚生労働省「国民生活基礎調査の概況」によると、高齢者世帯(65歳以上の者のみの世帯、またはこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯)において単身世帯は半数を超える51・6%。人ごとではなく、老後ひとりの生活を送る確率は高まっている。
女性はとくに対策すべし
「おひとりさまはマイナスに捉えられがちですが、老後の自由な時間を謳歌している人もいます。ただ、そこには、若いころや家族と暮らしている時とは違った問題が、『壁』として立ちはだかるのは事実。この壁を越えられないと、悲惨な末路を辿ることになりかねません」
こう語るのは遺品整理業に携わる山村秀炯さん。山村さんの会社では不用品回収サービスを展開し、部屋の片づけや終活サポートなどを行う中で多くのおひとりさまと関わってきた。高齢者の孤独死の現場にも直面している。
「特に女性の場合、平均寿命の関係で高齢になるほど単身世帯の割合が高まります。避けられない壁の存在と、それを乗り越える対策を心得ておくべきでしょう」(山村さん、以下同)
では、老後おひとりさまにはどんな壁が待ち受けているのか。山村さんはこれまでの仕事の経験を踏まえ、「お金」「健康」「心」「介護」「孤独死」という5つの壁を挙げる。
とりわけ注意喚起するのが、お金の壁に関わる「判断能力低下」のリスクと、心の壁に関わる「社会的孤立」のリスクだ。壁を越えられなかった事例を通じてそれぞれの問題を見ていこう。
末路ケース1 数千万円を失いかけた80代女性
定年まで会社に勤め、地道に貯蓄を行っていた生涯独身の80代女性・Sさん。預貯金のほかに持ち家などの資産もあり、老後ひとりの生活は心配ないはずだった。
しかし80代ともなると身体は衰え、頭のほうも働かなくなってくる。ひとり暮らしの高齢者を定期的に見回る民生委員に「そろそろ施設で暮らすことを考えてみては?」と声をかけられ、入居を検討。高齢者施設の紹介も行っている山村さんの会社でサポートを担うことになった。
「私たちが施設に入る段取りを進めているときでした。持ち家などの資産を売却し、何千万円もの現金を宗教団体にほぼすべて寄付することになっているという話をSさんから聞かされたのです。施設に入るためのまとまったお金が手元にありながら、資産を売却するのはおかしい。おまけに、遠縁の親戚も急にしゃしゃり出てきて持ち家の売却益などの財産の分け前にあずかろうとしていました。結局、Sさんには年齢による判断能力の低下が見られ、もともとの人の良さもあって頼まれごとに何でもうなずいていたため、多額の寄付も承諾してしまっていたわけです」
弁護士が間に入り、Sさんの資産は守られた。第三者による歯止めがなければ、老後資金を全部奪われていたかもしれない。
「Sさんは認知症の診断を受けていたわけではありません。認知症による判断能力の低下だと『成年後見人制度』の利用で財産は守られますが、認知症を発症しなくても老化に伴い判断能力は衰えていくもの。そのときに一緒に決断・行動してくれる相手がいないと、思わぬトラブルに巻き込まれてしまうのです。これを防ぐには認知症以前の備えとして、信頼できる知人にお金の管理を委任するなどの対策が重要だと思います」
末路ケース2 ゴミ屋敷で孤独死寸前だった80代女性
1度結婚・離婚を経験し、その後は独身を貫き定年まで会社に勤務した80代女性・Mさん。分譲マンションでひとり暮らしの生活を送り、貯金も十分あったため金銭的な不安はなかった。
ただ年齢による体力の低下から家にこもりがちに。必然的に人との交流機会は減っていった。そんな中で行政とのトラブルが絶えず、山村さんの会社の出番となったのだ。
「Mさんはほぼ歩けない状態でした。身体が不自由でモノを片づけられないため、室内はゴミ屋敷という感じでしたね。一方で電話を止めるなど、外部とのネットワークを自ら遮断。心を閉ざしており、行政の担当者と言い争いを繰り返していたのです」
山村さんの会社のスタッフの説得により、Mさんは施設への入所を了承。そのサポートがなかったら、ひとり寂しく死に至っていた可能性は高いという。
「孤独と孤立は違います。孤独は人によっては価値あるもので、ひとりの時間を大切に思う人も少なくないでしょう。しかし、孤立は他者と切り離された状態にあたり、避けなければなりません。Mさんは孤立に陥ってしまったわけです。孤立しないためには趣味や習い事などのコミュニティーを持っておくこと。誰かに救いを求めたいときに、コミュニティーの仲間が心の支えになってくれます」
年を重ねると、頭や身体の働きは衰えていく。やがて病院への入院を余儀なくされたり、介護施設や老人ホームに入居せざるを得なかったりする場面がやってくる。こうしたときに途方に暮れないために、必要な準備をしておくのは絶対だ。
「いつかこうしよう、ああしようと思っていたことが、突然できなくなります。元気じゃなくなったときの準備は、元気なうちにしかできないことを忘れないでください」
多くのおひとりさまと出会ってきた山村さんいわく、
「うまく壁を越えられる人は、『自分でできないことが増えても、自分で決める』という点が共通しています」
他人や成り行きに任せるのではなく、自ら選択をすることが、壁を乗り越えるためには重要になるという。
どういうことなのか。事例で紹介してもらおう。
成功例 決断して前向きに今を楽しむ70代女性
娘さんが結婚して家を出たのちに夫を亡くし、分譲マンションでひとり暮らしをしていた70代女性・Kさん。それを心配した娘さんが自宅近くの老人ホームへの入居をすすめ、Kさんも受け入れることに。山村さんの会社で入居のための整理を手伝った。
「Kさんの趣味はバルコニーでのガーデニングでした。しかし身体の衰えを実感していたのでしょう。移り住む老人ホームは個室スペースが限られていたのもあり、ガーデニングからウォーキングへと趣味を変更。愛着があるはずの園芸道具もいさぎよく処分しました。『老人ホームに閉じこもりになるのはつまらないから、アウトドア派に転向するのよ』と笑顔で語り、その言葉どおり毎日のように外出して娘さん夫婦やお孫さんと交流されているそうです」
判断力や行動力が衰えてくる現実を受け入れ、早めに備えと決断をすることが、おひとりさまを乗り切るカギだ。
「それができる人は自分の人生に納得し、幸せに生きているように思えます」
山村さんに教えてもらった
老後ひとり暮らしの5つの壁
お金の壁
年をとると判断能力が衰え、お金の管理が困難になる。認知症を患うと、自由に預貯金を下ろすことすらできなくなる。また、収入がひとり分のため、老後資金を十分に準備できず、経済的なリスクが生じる危険性がある。
健康の壁
体調を崩した際のセルフケアが難しく、健康を害するリスクがある。特に問題なのは入院時。支払いの連帯保証人、万が一のときの身元保証人、身辺の面倒を見る世話人が必要だが、おひとりさまはその確保が難問となる。
心の壁
孤独感と社会的孤立のリスクがある。人との交流が日常的に不足し、強い孤独感に苛まれたり孤立に陥ったりする。また、生活の悩みやストレスをひとりで抱え込むことで、うつ病などを発症するリスクが高まる。
介護の壁
心身が弱ってきたとき、誰に面倒を見てもらうかも難問。老人ホームなどの高齢者施設に入居する際はまとまったお金が必要になる。介護関連の定期費用も相当かかる。どちらにしろ、お金を準備しておかなければならない。
孤独死の壁
人間はいつか死を迎える。自分が死んだ後のことを無視していると、孤独死により周囲に迷惑をかけてしまう。死後には遺体と遺品が残る。あらかじめその後始末の算段をつけておくことが、おひとりさまの礼儀といえる。
山村秀炯さん●グッドサービス代表。愛知県を中心に遺品整理、生前整理などの事業を行う中で、ひとり暮らしシニアのさまざまな問題に直面し、そのサポ―トも担っている。初著書『老後ひとり暮らしの壁』が3万部突破のベストセラー。
取材・文/百瀬康司