益田裕介さん(左)と山下悠毅さん(右) 撮影/矢島泰輔

 メンタルについて説明するYouTubeチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」が人気を集める「早稲田メンタルクリニック」院長の益田裕介さん。そして、“投薬だけに頼らない精神科医療”をモットーに、これまで数多の依存症患者を回復に導いた「ライフサポートクリニック」院長の山下悠毅さん。

 このたび、おふた方ともに新刊を出されたということで、それを記念した特別対談を開催! メンタルケアのスペシャリストが提言する、心の病との付き合い方、依存症との向き合い方とは──。

釣りが好きすぎるのも依存症かもしれない!?

山下 益田先生がYouTubeを通じて啓発活動をされている影響もあって、「この不調は、心の病や依存症だからなのかもしれない」と考える方は増えていると思います。そうした理解が着実に広がっていることは、専門医としてとてもありがたいことです。益田先生のクリニックにも、依存症患者さんは来られますか?

益田 診察して「依存症かもしれないですね」という方はいますが、僕のところには、重度の方はほとんど来ないですね。診察していて思うのは、合併症ではないケースの依存症の方であれば、回復できるケースが増えているということ。時代が変わったなと感じますね。

山下 僕のところには、本人に自覚がなくても家族が連れてきたり、家族に言われて来院したという方も少なくない。また、薬物依存症の方の中には、裁判を控えているので相談しに来たという方もいる。たしかに多様なケースが増え、依存症の認知度や、取り巻く環境が変わってきているなと思います。

※写真はイメージです

益田 なんでもかんでも依存症にくくるのは言葉の乱用だという解釈をする専門医もいれば、お酒やギャンブルを適切に楽しめていないのだから、それは依存症と呼ぶべきだという専門医もいますね。

 WHO(世界保健機関)では、“ギャンブルが生活の中で最優先となり、仕事や人間関係が悪化してもやめることが困難である状態”をギャンブル依存症と定義している。ギャンブルに限った話ではなく、飲酒が第一優先になればアルコールに依存している状態に。

 釣りが大好きで家族や仕事を放ってまで釣りを優先してしまうなら、釣りに依存している状態になる。つまり、依存症は誰もがなりえる病気ということ。とはいえ、なりやすい人の傾向はあるのかというと、それも難しいですよね。

目的が入れ替わってしまったら依存症

山下 卵が先かニワトリが先かではないですが、仕事や人間関係のストレスからお酒やギャンブルに依存する人もいれば、お酒やギャンブルに依存した結果、仕事や人間関係が立ち行かなくなる人もいます。気分が落ち込んでいると、何かに依存しやすくなりますし、一方で、依存的な行為をやめると、気分が落ち込む人もいます。

益田 物事に向き合いすぎた反動で病的なところまで落ち込んでしまい、気分の解放を求めた結果、依存物質にハマってしまうこともある。本来であれば、運動などといった建設的な解放が望ましいのですが、手っ取り早い解放を求めてお酒やドラッグ、ギャンブルといった、インスタントな行為に依存してしまう。

益田裕介さん(左)と山下悠毅さん(右) 撮影/矢島泰輔

山下 不安だからお酒を飲んでいたのに、気がつくとお酒を飲まないと不安になっている。お金が欲しいからギャンブルをしているはずなのに、ギャンブルをするために金策に走る。目的が入れ替わってしまったら、依存症という病気になっていると自覚してほしい。

益田 アルコールなどは自我を肥大化させていきます。自分の身体と対話をしないまま、根拠のない自信をつけてしまう。ゲーム依存にもいえることですが、できるだけ身体は動かしたほうがいいでしょう。

山下 やはり運動をすると、何かに依存しなくても爽快な気分を手に入れることができるので、大きな効果が期待できますよね。僕のクリニックはジムを併設していて、患者さんに運動を取り入れた回復プログラムを提供しています。

「明日何をするか」

益田 それは大切ですね。一方で、メンタルケアやメンタルトレーニングでは、自分のことを振り返るといったプロセスが効果的なのですが、どこを起点としていいか、なかなか難しいとされています。

 それについて、僕はおじいちゃん、おばあちゃんの生い立ちから書き出してくださいと伝えている。アメリカの精神療法は“自分”に軸が置かれているのですが、日本では、心の病は家族とセットになっているところがある。客観的に自分を見つめるために、おじいちゃん、おばあちゃんくらいからさかのぼるのがいいと思うんですね。

山下 それはたしかに客観的な情報を集めやすそうです。僕の場合、よくすすめているのは、「明日何をするか」を考えることです。過去は変えられないし、未来はどうなるかわからない。直近の明日をいい一日にするために行動しよう、と。それを理想の1か月や1年……というように続けていくのがよい継続になるのだと考えています。

※写真はイメージです

益田 僕が考える精神科の治療は三本柱です。一つ目が薬物療法、二つ目がカウンセリングや精神療法、三つ目が福祉導入や環境調整。中でも、カウンセリングは患者さん自身の成長の場になる。

 単にわれわれが対話をして癒す場ではなく、患者さんが学習するサポートを行う場です。いちばん効果的なのは、患者さん自身が治療者側に回ること。ケアサポーターなどで誰かを教えてあげると学習効果が高いし、成長できます。

山下 人は、「自分で気がついたこと」に大きな価値を見いだすという習性を持っていますからね。

益田 そうですね。ですから、学んでいくという環境をいかにつくっていくかもとても大事です。それこそ山下先生の今回の著書は、患者さんの家族にとっても大きなヒントになると思いますよ。

依存症患者への正しい接し方とは

山下 依存症は「家族の病気」ともいわれています。アルコール依存の当事者がいれば、家族は「飲むな」と言いたくなる。ですが、その伝え方だと逆効果になる。家族も巻き込まれてしまうのが依存症という病気です。

 家族の方から「どう接したらいいのでしょうか?」と相談される機会が多々あったので、今回、一冊にまとめました。僕の本について振っていただいたので(笑)、益田先生の本にも触れさせてください。どれも興味深いお話でしたが、なかでも子どもに関するうつの指摘は目からウロコでした。

益田 ある調査によると、3歳から17歳の3.2%がうつ病を患っているというデータがあります。3%ということは、30人のクラスに1人はいるということになる。子どもも、大人と同じようにうつになるということを伝えたかったんですね。例えば、学校へ行けなくなったのは、ペットの死をきっかけにうつ状態になったから、などの可能性もあるという。

山下 心の病や依存症と向き合うとき、情報を集めることは確かに重要ですが、やはり医師に相談してほしいですよね。依存症の場合は特に、です。「通院していることが会社にバレたら」などと悩まれる方もいるのですが、悩むのは“相談後”にしてほしい。

 というのも、依存症治療は、「どうやるとうまくいく」ではなく、「どうやるとうまくいかないか」を知ることが重要だからです。恋愛にもいえることですが、どうするとモテるかは人それぞれですが、どうすると嫌われるかは一定の統計があります。「どうやるとうまくいかないか」を理解しないと再発してしまう。

山下悠毅(やました・ゆうき)●ライフサポートクリニック院長。精神保健指定医、精神科専門医、指導医。日本外来精神医療学会理事。「お薬だけに頼らない精神科医療」をモットーに、専門医による集団カウンセリングや極真空手を用いた運動療法などを実施している。大学時代より始めた極真空手では全日本選手権に7回出場。2007年に開催された北米選手権では日本代表として出場し優勝。

益田 まずは「精神の病気も存在する」ということを理解しないといけませんよね。そのうえで、今度は脳のメカニズムを理解すれば快方に向かう。いや、理解できなくていいんです。理解したフリをすればいい。そしてとにかく、専門医のアドバイスを実践する、と。

山下 そのとおりです。「Fake it till you make it」(できるふりをしよう。それができるようになる日まで)という英語のフレーズがありますが、依存症でも「回復したフリ」から始めることはとても大切です。

 ただ、そのためには、患者さんたちが素直に「信じてみよう」と思われる存在に、僕たちがならなければいけない。そういう意味では、事前に存在を知ってもらい、「この人に相談したい」と思わせる仕組みをつくっている益田先生のYouTubeの取り組みはとても勉強になります。

益田 YouTubeを活用すれば、僕の考え方や人間性もわかると思ったんですよね。事前に益田裕介を知っておいてもらえれば信頼されやすくなるだろうなという……ずるいっちゃずるいんですけど(笑)

アルコール依存症患者数は、推計で約109万人とされている。また、ギャンブル依存症が疑われる人は、約300万人を超えるとも。さらには、ネット依存やホストへの依存など現代社会ならではの依存も。身の回りに依存しやすいものが、確実に増えている──。

益田 とても危機感を感じています。ビジネス的な戦略を含め、依存させるような仕組みが増えています。個人で対抗するには限界があると思っていて、国や行政のサポートが必要になってくるでしょうし、僕らを含めた専門医やメディアも警鐘を鳴らしていかないといけない。

山下 依存することは決して悪いことではありませんが、いい依存と悪い依存があります。仕事に一生懸命になる。これだって仕事に依存している状態ですよね。ただし、自分の幸福度が上がらないような依存は改めなければいけない。

 対人関係が崩れ、社会から見放されるような依存は幸せにつながらない。いい依存と悪い依存を伝えていくことも大事だと思います。そして、たとえ精神の病気になったとしても、動画や書籍から専門知識を学ぶことで、必ず回復に向かえることも伝えていきたいですね。

対談してくれたのは……

益田裕介さん(左)と山下悠毅さん(右) 撮影/矢島泰輔

山下悠毅(やました・ゆうき)●ライフサポートクリニック院長。精神保健指定医、精神科専門医、指導医。日本外来精神医療学会理事。「お薬だけに頼らない精神科医療」をモットーに、専門医による集団カウンセリングや極真空手を用いた運動療法などを実施している。大学時代より始めた極真空手では全日本選手権に7回出場。2007年に開催された北米選手権では日本代表として出場し優勝。

益田裕介(ますだ・ゆうすけ)●早稲田メンタルクリニック院長。精神保健指定医、精神科専門医、指導医。YouTubeチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」を運営し、登録者数63万人を超える。患者同士がオンライン上で会話や相談ができるオンライン自助会を主催・運営するほか、精神科領域のユーチューバーを集めた勉強会なども行う。

対談されたおふたりの著書

依存症の人が「変わる」接し方』山下悠毅 著 (主婦と生活社 税込み1760円)

 依存症の克服には、専門機関の力が必要ですが、患者の周囲の人が依存症の本質を捉え、彼らが「見ている世界」を理解し、本人が治療に向かうよう付き合い方を変えることも大事。そのハウツーと幸せのつくり方を教える一冊。

『依存症の人が「変わる」接し方』山下悠毅著 (主婦と生活社 税込み1760円)※画像をクリックするとAmazonの商品ページにジャンプします。

まんが 夜のこころの診療所 精神科医がいるスナック』益田裕介 著/青山ゆずこ マンガ(扶桑社 税込み1760円)

 チャンネル登録者数63万人超「精神科医がこころの病気を解説するCh」発の新感覚コミック。心に傷を負い、うつうつとした思いを抱えた人たちに優しく寄り添うように、益田先生が解説していく。

『まんが 夜のこころの診療所 精神科医がいるスナック』益田裕介著/青山ゆずこマンガ(扶桑社 税込み1760円)※画像をクリックするとAmazonの商品ページにジャンプします。

取材・文/我妻弘崇