「パートナーのいる男性から妻源病の相談が増えてきたのは、ここ5年ほど。コロナ禍から在宅時間が増え、夫婦が顔を合わせる時間が長くなり、夫を疎ましく思う妻が増えたのではと考えています。夫の定年退職後、妻からつらく当たられて体調やメンタルのバランスを崩すケースも」
と、語るのは夫婦問題カウンセラーの寺門美和子さんだ。
ここ数年で急増!妻を恐れる男性たち
「妻源病とは医学的な病名ではありません。2011年に出版された精神科医の書籍で有名になった『夫源病』の男女逆転版、ともいえる“症状”です」(寺門さん)
夫源病とは、夫の存在が原因で妻が心身に不調をきたすこと。夫がいるとめまいや頭痛、不眠、動悸などの症状が出る。タレントの上沼恵美子氏が夫との別居理由として明かしたことで話題となった。
加害者側の妻は、やはり気の強いタイプが目立つという。夫への思いやりに欠け、自分に非があっても決して謝らない。わがままや感情的になりやすい傾向もあるという。
夫婦間トラブルに詳しい弁護士の溝口矢さんのクライアントの中で印象的だったのが、30代会社員Aさんだ。
「同年代の妻と結婚し、子どものいる方でした。初回の相談中、話しているうちに、お腹がギュウギュウ激しく鳴り始めて止まらないんです。実は妻が家計を握り、Aさんが自由になるお金は、毎月渡される1万円のみ。それが交通費や食費など、家の外での生活費だったのですが、お金がなくなって食事をとれていなかったのです。慌てて事務所にあったゼリーを渡すと、Aさんは一目散にかき込んでいました」(溝口さん)
一方、妻は専業主婦で自由にお金を使っており、家庭内の主導権を握っていた。
「妻から家に帰ってくるなと言われたAさんは会社で寝泊まりするようになり、そのうちに健康面でも支障が出始めて私のところに相談にみえたのです。交通費もなく、うちの事務所まで数時間かけて歩いてきたと聞き、愕然としました」(溝口さん)
2020年度の内閣府の調査によれば、夫の約5人に1人が妻から暴力を受けたことがあり、そのうち約6割は誰にも相談していなかった。
「妻が加害者となる場合、身体的な暴力より、言葉や態度による精神的な暴力、いわゆる『モラハラ』が行われることが多い。怒鳴ったり、暴言や人格を否定したり、無視したり。あるいはAさんのように財布をがっちり握られて、経済的に追い詰められる“経済的DV”を受けるケースもあります。夫の年代はバラバラでどの年代が多いという傾向はありませんが、相談者数は年々、増加傾向にあるという印象です」(溝口さん)
妻源病の夫を持つ妻が夫源病の可能性も!?
寺門さんや溝口さんが感じた、妻源病の男性の共通点は、気の弱さだという。
「“草食系”に近いですね。まじめでおとなしく、口ゲンカはもちろんのこと、人の目を見て話すのが苦手。悩みを聞いているうちに泣き出す方もいます。比較的安定した仕事に就き、身なりはきちんとしている。また、お金に細かく、妻へ生活費を出し渋る男性からの相談も目立ちます。妻側がそこに我慢できなくなって攻撃的になり、夫を追い込んでしまったのかなというケースもありました」(寺門さん)
溝口さんは「夫の思いやりが足りなくて悪循環に陥っていることもある」と話す。
「例えば、家族での外出準備を妻任せにし、何もしないようなケース。当然、妻の怒りを招いてケンカになります。まったく夫側に落ち度がないことのほうがまれかもしれません」(溝口さん)
さらに夫婦の男女観ギャップも、妻源病の原因のひとつと考えられている。
「トラブルのある夫婦は、家庭へのイメージが違うのです。夫はいわゆる“昭和の家族像”、妻は“令和の家族像”が当然と思い込み、それが夫婦間の軋轢を生んでいます」(寺門さん)
妻は、子育て中は家事や育児を分担し女性も仕事を続ける令和の対等な夫婦関係と、実際の夫との違いに不満やストレスを覚えてしまう。寺門さんは、こういったすれ違いが妻源病と夫源病、両方の根底にあると多くのカウンセリングを経て気づいたという。
「妻は結婚後も働きたかったけれど、育児や家事で自分が思うような人生にならなかった。夫から下に見られ、束縛されており、実は夫源病に苦しんでいることも少なくありません。一概にどっちが悪いと判断するのは難しいのです」(寺門さん)
折り合いをつけるため価値観のすり合わせを
配偶者と生涯をともにするため、夫婦が大切にすべきことはなんだろうか。
「こうあるべきとか、『自分の普通』を相手に押しつけていないか、お互いに顧みて話し合いをすること。モラハラをしてしまうのは、コミュニケーションがとれていないことも一因です。もし妻が関係改善を望むのであれば、何が不満なのかを言葉で伝え、夫婦間でルールを作ってみてはどうでしょうか」(寺門さん)
寺門さんの夫へのアドバイスは、令和の多様性の時代についていけるよう、価値観のアップデートをすることだ。
「例えば定年後の男性は、社会との関わりを維持し、さまざまな価値観に触れてみて。妻源病の男性は趣味がないという方が多いので、ストレス解消につながる生きがいを見つけることも大事です。また、悩みを話せる人を見つけましょう。会社や家庭以外の人間関係があると、自分たちの夫婦関係がいびつであることにも気づきやすいはず。それでも夫婦間での改善が難しければ、カウンセラーや医療機関、弁護士といった専門家のサポートを受けることも考えましょう」(寺門さん)
妻源病の状態が続き、妻と一緒にいることが苦痛であれば、別居や離婚も視野に入れるべきと2人は口をそろえる。
「夫の不調が自分のせいと思っていない妻の場合、離婚の合意を得られずに協議が難航することが多いのが現実です。妻の不倫や身体的な暴力行為などがあれば、『婚姻を継続し難い重大な事由』と認められやすいのですが、精神的DVや経済的DVは証拠が残りにくい。離婚調停や裁判まで進み、解決までに時間がかかる可能性があります」(溝口さん)
経済的DVを受けていてもお小遣いが手渡しであれば、その金額を裏付ける証拠がない場合が多く、妻が「もっと多く渡していた」と主張すれば夫は不利だ。
「妻側は、離婚準備のために暴言を録音したり、証拠を残そうとしますが、夫側はなぜか積極的にしない傾向があります。なので離婚が頭をよぎったら、何かしら記録をつけるように、アドバイスします。精神科医にかかっている夫も多いですが、相当数の方が適応障害やうつ病と診断されていますね」(溝口さん)
裁判所が認める離婚根拠を集めるのは容易ではないため
「弁護士選びが肝に。調停や裁判の結果は交渉力や対応戦略に長けた弁護士と出会えるかどうかで大きく変わることも」と溝口さんは言う。
夫に嫌気が差してつらく当たっていたら、ある日、弁護士から離婚の連絡がきた─。取りかえしのつかない状況になる前に、いま一度、夫婦の関係性を見直してみては。
教えてくれたのは…
寺門美和子さん。夫婦問題コンサルタント、FP、女性自立支援サポートの3つを軸に、多様化する夫婦問題の解決を中心に幅広く活動。夫婦問題診断士協会代表理事として「Miwa Harmonic Office」を運営。
溝口矢さん。全国展開の専門型総合法律事務所・弁護士法人Z東京オフィス マネージャー弁護士。東京弁護士会所属。男女問題案件を多く手がけ、さまざまな分野に幅広く対応。男女間のトラブル対策セミナーの講師も務める。
<取材・文/オフィス三銃士>