ブル中野さん 撮影/渡邉智裕 撮影協力/ホテルウェルコ成田内スポーツバーハーフタイム

 悪役レスラー・ダンプ松本さんの生きざまを描いたNetflixシリーズ『極悪女王』(独占配信中)。当時、練習生だったブル中野さんが、ダンプさんに髪の毛を半分剃られるというシーンがあるが、「現実に近いですよ」とあっけらかんと語る。悪役として人気を博すも、海外進出し世界女子王座に。女子プロレスラーとして黄金時代を築いたブルさんが目指したものとは―。

現実の『極悪同盟』は「もっとひどいこともいっぱいあった」

 ドラマ『極悪女王』の中でも欠かせない人物といえば、1980年代にダンプ松本さんと全日本女子プロレスで活躍したヒール軍団「極悪同盟」を率いて一時代を築いたブル中野さんだ。意外にもドラマ化について直前まで知らされていなかったという。

ダンプさんが出るなら、自分も出るのかなくらいに考えていました。ネットフリックスの方に付き人時代のことを少し話しましたが、当時の様子を本当に再現していましたね。あまり脚色されず、リアルに近かった。もっとひどいこともいっぱいあったけれど(笑)」(ブルさん、以下同)

 劇中では、ブルさんの髪をダンプさんが刈り上げるシーンがあった。

「実際はほかに5、6人の海外の悪役レスラーに取り押さえられて剃られました。ヒールに転向したばかりのころは、リングでダンプさんに鎖や鞭などの凶器を渡しながらも、『私は悪い人ではない』というアピールをしていたんです。

 ダンプさんはそれを見抜いていて、『おまえはかわいこぶっているから変えないとダメだ』って。半分ハゲ頭になって覚悟は決まりましたね。プライベートな幸せはいっさい諦め、リングの上にいるときだけが、自分が生きている時間だって決めたんです

 当時、内緒で付き合っていた彼とは別れ、レスラーとして大躍進を遂げていく。

最初は師匠であるダンプさんに言われたことをすべて守っていたんですが、派手でわかりやすい凶器ではなく、技を見せる“プロ”のヒールを目指したいと思うようになってから、ダンプさんとはわだかまりができてしまって。今は昔と変わらず仲良くさせてもらってます

 ヒール全盛期はアンチからの嫌がらせもすごかったそう。

毎日のように石を投げられたり、カミソリ入りの手紙が届くので最初は怖くてね。でも、『おまえも絶対に私のファンにしてやる』って思うように。今まで誰もやったことがないことをリングの中でどう表現し、生きていくのかを追求していました

ブル中野さん 写真/本人提供

 当時、女子レスラーは25歳で引退し、結婚するという暗黙の了解があった。

はっきり言われてはいませんが運営会社としては、水着姿の若い女性がやることに魅力があると考えていたと思います。でも私はそれまでの慣例を破って、トップでなくなってからもレスラーを続けました。ぶざまな姿を見せても、リングの上で人生をさらけ出すと決めていたので」 

 ブルさんは170cmと長身でレスラーとして恵まれていたが、体重も増やしたかった。

「15歳の入門時の手取りは月4万5000円だけ。先輩が残したものを食べるような、ゴミが主食の生活では全然体重が増えなくて(笑)。極悪同盟に入ってからはダンプさんが食べさせてくれたりしたので、100kgを目標に。

 食べても太れなくなってからは男性ホルモンの注射を打って115kgまで増やしました。ただ、生理が止まり、すね毛が生えて。しかも男性のような声になったのでやめたんです

ブル中野さん 撮影/渡邉智裕 撮影協力/ホテルウェルコ成田内スポーツバーハーフタイム

何度もリバウンドを繰り返して痩せられなくなる

 身体強化とトレーニングを経て、'90年から3年間、WWWA世界シングル王座のチャンピオンに。その後は海外に遠征し、アメリカのプロレス団体の世界女子王座を日本人で唯一獲得した。

 '97年に引退後は一転してプロゴルファーを目指すため、過酷なダイエットに挑戦した。

​「体重を3か月で50kg減らして65kgにして、30歳でゴルフ場の研修生になりました。ずっと夜型生活だったので、でもゴルフは朝が早くて、緑の中で陽を浴びる生活をしてみたかったの

 しかし、その5年後にレスラーとして引退セレモニーを行うことになり、再び増量。

42歳で100kgになるには、9か月かかりました。その翌日からダイエット。このときは、テレビ番組の企画で65kgまで戻すことができたのですが、何度もリバウンドを繰り返して痩せられなくなり、膝と腰が体重を支えられず歩けなくなって……

 膝の負担を減らすため、減量効果のある胃のスリーブ手術で、胃を90%切除した。

結果として痩せたものの、4、5年はまともに食べられなかったです。最初は水もペットボトルのキャップに入れた量を飲んでも、身体が受けつけず、すぐ戻したりして

 栄養失調と脱水症状が半年くらい続いたので、病院で点滴を打っていたという。

1年後に固形物も食べられるようになりましたが、たびたび吐きそうに。それで、栄養をとるためにサプリが欠かせなくなりました。飲食店をやっていたので、営業中はお酒を飲んでそれが食事代わり。結局、アルコールでマヒさせちゃっていました

そんな生活を続けていたら52歳のとき、アルコール性肝硬変で入院に。お酒とサプリが原因です。実は病院に行って『このまま帰せません』と言われたことが何度もあったんです。でも仕事を口実に3年ほど逃げ続けていました

 肌もボロボロで髪も抜け、目には黄疸の症状が出ていたという。そんなブルさんの目を覚まさせたのは、その10年前に結婚した、15歳年下の夫・大輔さんだった。

問答無用で病院へ

夫が『今日は絶対に病院に行こう』と、病院の予約をしてくれても、ずっとキャンセルしていたんです。でも、私のお腹が異常に膨らんでいるのを見て、問答無用で病院に連れて行かれ、即、手術に。腹水がたまっていたんです

 2か月近く入院すると、体調が徐々に戻っていった。

ずっとハードな生活をしていましたから。看護師さんから『とにかく食べてください』って言われるんですが、胃を切ってるから食べられない。回復しても衰弱していくので困りましたが、病院にいる分、気は楽でした

極悪同盟時代のブル中野さん 写真/本人提供

 退院後は、大好きだったお酒も飲まずに食生活にも気をつけるようになった。今は55kgの体重をキープしている。

食事の量も増えて、今はラーメンを半分くらいは食べられるようになりました。あとは冷凍食品やフライドポテト、好きだったスナック菓子を控えるように。自炊するときはなるべく炭水化物はとらないようにして、肉や魚を中心に食べています

 近年は海外のプロレスファンとの交流のため、日本を離れることも多い。

プロレスに育ててもらってきたので、恩返しの意味も込めてこれからもプロレスに関わっていきたいですね。欧米で行われるサイン会や撮影会に呼ばれると、夫と2人で渡航。海外に進出したい日本のレスラーの支援もしています。あとは、例えば七輪で魚を焼くとか、夫と普通のことを楽しめたら十分幸せですね

取材・文/池森りぜね                                       

ぶる・なかの 中学卒業後、プロレスラーに。極悪同盟に加入し、ヒールのレスラーとして人気を得た。今年、日本人女性で唯一、世界最大のプロレス団体WWEの殿堂入りを果たす。現在はブッカーとしてレスラーの海外遠征の支援を行っている。