「初めて(神山征二郎)監督にお会いしたとき、“イメージどおりだ!”と言っていただきました」
そう話すのは、1月10日から全国公開される『シンペイ〜歌こそすべて』で映画初出演にして初主演を飾った“歌舞伎界のホープ”中村橋之助だ。
「映像作品は、これからもいっぱいやっていきたい」
挑んだのは、明治から昭和まで約2000曲を世に送り出した作曲家・中山晋平の生涯。『シャボン玉』『てるてる坊主』『東京音頭』など、誰もが一度は耳にしたことがあるはず。
「主演というプレッシャーはなかったです。でも、もしかしたらプレッシャーを感じる余裕すらなかったのかも」
と、穏やかに笑う。
「過去に少しだけドラマに出させていただいたことがあるぐらいで、映像に関してはほぼ素人。午前中は18歳、午後には35歳のシーンを撮ることもザラで。時系列で演じる舞台とは大きく違うなと感じました。でも映像作品は、これからもいっぱいやっていきたいです」
物語は、中山晋平(橋之助)が長野の田舎から劇作家の島村抱月(緒形直人)の書生として上京するところから始まる。あどけなさの残る18歳の青年にしか見えなかったと伝えると、
「だったらうれしいです。僕たち歌舞伎役者は、父親から習うことが大前提ではあるけれど、大先輩のお宅に伺ってお稽古をつけていただくこともあるんです。失礼があってはいけないという緊張感や学びの姿勢は、若かりしころの晋平と自分自身を重ねられたので、役に入りやすかったんだと思います」
18歳から65歳までをひとりで演じきった。そして本作には抱月役の緒形、『東京行進曲』や『東京音頭』などの作詞家・西條八十役の渡辺大、『シャボン玉』や『雨降りお月さん』などの童謡界の詩人・野口雨情役の三浦貴大……と、2世俳優がズラリ。
「大さんと貴大さんの3人で“2世あるある”みたいな話はしました(笑)。よく“小さいとき、抱っこしたんだよ”と言っていただくけど、“覚えてないです、とは言えないよね〜”とか(笑)。大さんとは親同士が知り合いなので“もしかしたら子どものころ、会っていたかもね”なんて話もしましたね」
橋之助の父親は歌舞伎界を牽引する中村芝翫、母親は元アイドルで女優の三田寛子だ。橋之助の初お目見えは4歳のとき。2世として感じる重圧がありそうだが、
「そんなことは気にしたことないし、父と自分を比べたこともないです」
と、どこ吹く風。
「両親からプレッシャーをかけられたことは一切なく、“好きなことをしなさい”というスタンスで育ててくれました。父が子どものときは運動を禁じられたそうですが、僕はスキーやバスケなど、ひと通りやっていました。
野球部の試合前に、踊りのお稽古を休むのも全然オッケー。父から“歌舞伎役者になってほしい”と言われたことは一度もないです。自由にさせてもらえたからこそ反発せず、伸び伸びとやってこられたのかもしれません」
そうはいっても、橋之助は名門・成駒屋の長男だ。
「“敷かれたレールを歩く”みたいな感覚はまったくないです。それこそ家について考えるようになったのは最近かな。僕の場合は単純に歌舞伎が好きで、父みたいになりたいという気持ちだけ。同級生が“仮面ライダーになりたい”“ウルトラマンになりたい”と言うように、僕の(憧れの)対象が歌舞伎役者だっただけなんです」
映画では歌が生み出される背景だけでなく、家族愛も随所に。晋平の母・ぞう(土屋貴子)が東京での晋平を心配する姿や、『カチューシャの唄』の大ヒットに喜ぶ姿はとても温かい。橋之助の母・三田も公開が待ちきれず、先行公開された長野に駆けつけたという。
「“途中から自分の息子が演じてるって思わなかった”と言ってくれて。それがすごくうれしかったですね。ある意味、親孝行できたかな」
人生設計が早くもズレまくり?
昨年は母親とふたりで韓国旅行へ。日帰りで伊勢神宮にも出かけたという。
「'23年に(母方の)祖父が亡くなったとき、母が“15歳で上京して、両親と一緒にいる時間が少なかったから、もっと親孝行してあげたかった”と悔やんでいて。僕もいい大人になったし、365日のたった数日。母親を旅行に連れて行ってもバチは当たらないだろうと思って。こういうことを始めたのは、ごく最近なんですけどね」
父・芝翫の本作への感想を尋ねると、
「年末に映画の舞台挨拶があったので、父を誘ったんです。最初は“行く”って言っていたのに、後になって“映画で主役をさせてもらって、せっかく独り立ちできたのに、そこに自分が行くのはよくない。だから東京で公開したらこっそり行く”と。きっといろいろ考えたんでしょうね(笑)。父が、自分をひとりの役者として認めてくれたこともうれしかったです」
昨年の12月に29歳を迎えている。劇中の晋平は、お見合いで出会った敏子(志田未来)に即プロポーズ。
「僕はその日に会った人と結婚しようとは絶対に思わないです(笑)。お互いのことを知ってから結ばれたくないですか? 結婚願望はもちろんありますよ!」
幼少期には父親と公園で野球をしたり、家族そろってのアクティブなお出かけが多かったと振り返る。
「そうやって育ってきましたし、僕自身、子ども好き。体力があるうちに父のように子どもと一緒に思いっきり遊んであげたいんですよ。僕の人生設計だと25歳には子どもがいるはずだったんですけど……全然狂ってますね(笑)」
今は役者として邁進するときなのだと、前を見据える。
「いちばんの夢は“最強の三兄弟”になること。僕、福之助、歌之助の三兄弟で、それぞれが歌舞伎座の主役を張ることなんです。歌舞伎のために、成駒屋のために。これが僕の生涯の目標ですね。僕自身としては“真ん中が似合う男”になりたい。役者としても、人としても」
歌舞伎と成駒屋の未来は、すこぶる明るい─。
取材・文/花村扶美
『シンペイ〜歌こそすべて』
1/10(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開