漫画『娘はいじめなんてやってない』より

 日常のひずみや恐怖をシンプルな絵でリアルに表現している、しろやぎ秋吾さん。セミフィクションの名手として、『娘がいじめをしていました』『娘はいじめなんてやってない』が話題だが、どんなところから着想を得ているのか。その方法と、体験を聞いた。 

 現実の出来事や人物から着想を得たコミックエッセイ形式の作品、「セミフィクション」。その生々しさにハマる人たちが続出しているという。

 そんなセミフィクション作品の名手であり、SNSの総フォロワーが90万人を超えるのが漫画家のしろやぎ秋吾さんだ。2023年に発売した『娘がいじめをしていました』(KADOKAWA)がヒット。'24年11月には最新作となる『娘はいじめなんてやってない』(同)を発売した。

 いじめの加害者、被害者の両方の視点から描かれた今作は、いじめ問題のタブーに斬り込んでいるとして注目され、読者の間でさまざまな議論を巻き起こしている。

 今作以外にも、フォロワーから寄せられた怖い話や、日常のショックな話などを漫画にし、いずれも人気コンテンツだ。セミフィクションを描く際の制作方法のほか、普段フォロワーからはどんなエピソードが届くのか、などを伺った。

いじめられる側が悪いのか?

 前作『娘がいじめをしていました』は、娘のいじめ加害が発覚し、苦悩する親の姿を描いた作品。いじめによって急激に変わっていく親子の関係性がリアルだと、大きな話題を呼んだ。

親の視点で見た、子どものいじめというストーリーが新鮮だったようです。親視点なので、いじめの実態も、あえてほとんど描きませんでした。現実に起きるいじめも、現場で何が起きていたかは当事者にしかわかりません。見えそうで見えないもどかしさが、読者の方にも共感してもらえたのかなと思います」(しろやぎさん、以下同)

 最新作『娘はいじめなんてやってない』も、前作同様、いじめがテーマではあるが、よりシリアスな問題に踏み込んでいる。

しろやぎ秋吾著『娘はいじめなんてやってない』(KADOKAWA)より

いじめ問題では、しばしば、『いじめられるほうも悪い』『いじめられるほうにも原因がある』という言葉を耳にします。今回の作品では、それを描こうと思いました

 今作は、いじめ被害者の男子児童が、飛び降り自殺を図るという、ショッキングなシーンから始まる。遺書にはいじめをしていたとされるクラスメートの名前が書かれていた。

 加害者として名指しされた女子児童は、両親から問いただされるも、「いじめなんてやってない」と否定。やがて浮かび上がってきたのは、被害者の男子児童が、かつて、“いじめをしていた”という事実だった。

被害者と思われていたのに、実は加害者だったということがわかると、案の定、読者からは『やっぱりそうだった』という意見をいただきました。ひとまず読者への問題提起には成功したものの、そこから物語をどう展開していくかは、かなり悩みましたね。編集さんとアイデアを出し合いながら、ストーリーを考えていきました」

参考にしたのは第三者たちの声

 今作は、いじめの詳細なシーンも描かれているが、実際の事件や体験談がモデルになっているわけではない。しろやぎさんが作品の参考にしたのは、事件には無関係な第三者たちの“声”だ。

「いじめに限らず、つらい事件に対して、SNS上で好き勝手な意見を言う人が必ずいます。でもその人が当事者になったとき、同じことを自分や子どもにあてはめるのかどうか。

 今回の作品では、当事者の子どもだけではなく、その親や、周りの保護者、そして無関係の人々も多く登場します。
彼らの心情をリアルに描くために、そうした第三者の声を知る必要がありました」

しろやぎ秋吾著『娘はいじめなんてやってない』(KADOKAWA)より

 作中では、加害者と被害者、それぞれの親たちの葛藤も描かれる。加害者とされる少年の両親は、夫婦間のコミュニケーションがうまくいっていなかった。

 子どもがいじめをするようになったのは、そうした両親の不仲も原因と思わせるようなシーンがちりばめられている。しかし、しろやぎさんいわく、「これという原因を決めているわけではない」と話す。

「問題が起きると、人は何が原因かを探ろうとしますが、それは一つではないと思うんです。両親の不仲も、もしかしたら関係があるかもしれないし、そうでないかもしれない。におわせるような書き方も、意識して取り入れました

 物語のラストは、読む人によって、いかようにも受け取れる結末だ。「皮肉を込めた終わり方にしています」としろやぎさんは言う。

 漫画を描く際は、読者の共感を最も重視しているという、しろやぎさん。家族からのアドバイスが作品作りに役立っている。

「展開に悩んだときは、妻に読んでもらって、感想を聞きます。『こういう考え方や反応は違うんじゃないか』と、はっきり言ってもらえるので、ありがたいですね」

 暗いシーンを描くときは、気持ちが沈むこともあった。しろやぎさん自身、2人の子を持つ父親だ。

「いじめの描写は、やはりしんどいですね。どうしても子どもたちに重ねてしまうからです。でも、だからこそ、読者に響くシーンになっているのかなと思います」

 もともとは、公立学校の常勤講師を10年くらいしていたというしろやぎさん。退職後、1年ほどの休職期間を経て、SNSで絵日記を出すように。それが今につながるキャリアのスタートだった。作品を公開するうちに、少しずつファンが増え、現在の総フォロワー数となった。

心霊現象を描いた漫画も人気に

 フォロワーから募集した体験談も漫画にしているが、その中でも特に人気なのが『フォロワーさんの本当にあった怖い話』。SNS上で募集をかけると、何百という体験談がDMに届くという。

「びっくりするような恐怖というよりは、霊が何か伝えたいことがあって、それが心霊現象になったというものが多いです。例えば、亡くなった家族がお盆に現れたりとか。会いたいと思う心が、そういう現象を引き起こしているのかなと、読んでいて感じます」

 しかし、中には載せられない話もあるそうで──。

「実際に起きた事件に関連する話も、たまに送られてきますね。固有名詞が出てくるものは作品にしづらいので、採用を見送っています」

 また、明らかに創作とわかる話が送られてくることもあるという。

 いじめ、心霊、日常系と、さまざまなジャンルの作品を描くしろやぎさん。次回作のテーマは未定というが、ネタ集めのために、ニュースはよく見ているという。

 描くのが難しいのは、「心霊現象よりも、人間同士のいざこざ」だとしろやぎさん。読者が読みたいのも、きっとそういう作品だろうと話す。

「社会の変化に合わせて、読者が一番読みたいと思うものを、作品にしていけたらと思っています」

しろやぎ秋吾著『娘はいじめなんてやってない』(KADOKAWA/税込み1540円)※画像をクリックするとAmazonの商品ページにジャンプします

『娘はいじめなんてやってない』
ある小学校で、小学6年生の男子児童が学校の屋上から飛び降りた。現場に残された遺書からいじめを苦にしての自殺未遂と推測された。ところが、被害者と思われた男子児童はかつて、いじめの加害者だったことがわかる。はたしていじめの本当の「加害者」は誰なのか。いじめ問題のタブーに斬り込んだセミフィクション。

『娘はいじめなんてやってない』著者・しろやぎ秋吾さん

しろやぎ秋吾(しろやぎ・しゅうご)
イラストレーター、漫画家。SNS、ブログでフォロワーから募集した話や家族の話を公開している。著書に『フォロワーさんの本当にあった怖い話』『すべては子どものためだと思ってた』(共にKADOKAWA)など。


取材・文/中村未来 漫画/『娘はいじめなんてやってない』より