人生の最期を過ごす場所のひとつが老人ホーム。中でも、設備もサービスも上質な「超高級老人ホーム」はお金があれば入りたいと思う人も少なくないだろう。ところが、その実態を取材したところ、価格に到底見合わない「悪質」ともいえる施設もあるようで…
「高級なのは表面的な姿に過ぎません。豪華な施設から高齢者のユートピアと捉えられがちですが、理想と現実はかけ離れています」
こう語るのはノンフィクションライターの甚野博則さん。『週刊文春』に10年以上在籍し、老人ホームや介護の実情を記事にした経験を持ち、現在も業界の取材を続ける人物だ。
高級老人ホームの実態
「高級老人ホームは設備などのハード面こそ豪華で充実しているものの、ソフト面のサービスのほうは一般的な老人ホームとほとんど変わらない。ホームページやパンフレットの情報とは異なるサービスを提供するなど悪徳な施設もあります。実態を知るべきでしょう」(甚野さん、以下同)
甚野さんは最新著書『ルポ超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)において、“超”高級老人ホームと称される全国の施設を訪問および潜入取材。多くの入居者やスタッフから話を聞き、真の姿を明らかにしている。
はたしてそこはどんな場所で、どんな人が住み、どんな生活を送っているのか。ベールに包まれている超高級老人ホームの実態を見ていこう。
高額なぶん安心・安全で介護などのサービスも
超高級老人ホームに明確な基準はない。故に甚野さんは該当施設を「入居一時金だけで数千万円から数億円。加えて月額数十万円の利用料がかかる」という定義のもと、現場に足を運んでいる。
「取材した中で入居一時金の最高額は約4億7000万円になります。東京の高級住宅地にある全国屈指の超高級老人ホームです」
館内には、レストランやバー、理美容室、ホール、各種娯楽ルームを完備するのが通例。そのほかスカイラウンジや天然温泉を備えるなど、一流ホテル並みだ。
施設での暮らしは安心・安全のため、介護などのサービスがつく。介護でいえばスタッフのサポートや緊急コール対応を通例とし、24時間体制で医療スタッフが待機するところもあるという。
「こうした設備、サービスを享受できることを前提とした入居一時金と月額利用料は居住スペースによって異なります。先の入居一時金約4億7000万円の施設でいえば、約147平方メートルの夫婦2人部屋に対する金額です。月額利用料は1日3食が付き、電気代を除く諸経費を含めると約60万円かかります」
居住者組織のマウントが見え隠れ
入居一時金にしろ月額利用料にしろ、これだけ高額な費用を支払えるのはひと握りの富裕層のみ。庶民の懐事情ではどうあがいても無理だろう。したがって、超高級老人ホームはセレブたちの終の棲家ということになる。
「実際、入居者にはオーナー経営者が多い。次に弁護士や医師、大学教授などの高収入の職業の人たちや、芸能関係など著名人もいるようです」
だからといって、お金さえ持っていれば誰でも入居できるわけではない。施設によって異なるが、年齢制限が設けられており、健康であることは基本条件。そして面談による審査をクリアしなければならないのだ。
「面談では資力のほかに人となりを判断基準とし、その要素のひとつが“品格”です。共同生活には『俺が俺が』という我の強いタイプは向かないそうで、品格の善しあしによって施設に相応しい人物かどうかを見定めているのです」
面談を行うのは施設側だけではない。居住者の側でも行われているというから驚き。
「分譲型の施設でのこと。管理組合の役員による面談で入居希望者の物腰や態度を見て、自分たちとフィーリングが合うかどうかを判断していました。面談に加え、健常者が入居の条件となるため、螺旋階段を昇降してもらう運動テストまで実施。権力を持つ居住者組織がマウントをとっているような感じでした」
高級とはいえ無意味な設備も
超高級老人ホームは前述したとおり、設備などのハード面が豪華で充実している。セレブな老後生活をうらやましく思うだろう。しかしその価値には疑問が残る点も。
「今回取材したある施設のホールには、世界三大ピアノに名を連ねる2台のグランドピアノが置かれていました。モデルによっては1台2千万円から4千万円する代物です。ただ、その希少性が居住者にわかるのかどうか。私を含め、音楽に精通していない人にとっては、ただのピアノにしか見えないのでは……」
また、茶室を設ける施設では、せっかくの茶室が無意味な空間に。
「高齢になると、茶会を催しても足が痛くなって正座はできない。結果、茶室として使わなくなっていました。トランプなどをしているようです」
一方でソフト面のサービスの価値にも疑問は山積する。高級老人ホームと一般的な老人ホームでソフト面はほぼ変わらないと甚野さんは語ったが、それはいざというときの介護サービスの体制を指す。
「介護保険法では通常3人の入居者に対して介護職員1人という基準が定められています。この基準を上回る人員を配置して手厚い介護体制をアピールする施設が多かったのですが、一般的な老人ホームでも同様の体制をとっているところはたくさんある。また、入居者に対する介護職員の割合が高かったとしても、介護サービスの質が高いかどうかは別問題でしょう」
施設で最期を迎えるときの現実も知っておきたい。超高級老人ホームには自室で看取りまで可能なところもあるが、それは全体の一部。
「介護度が高くなった居住者は多くの場合、介護棟と呼ばれる建物の部屋に移されます。介護棟は病院のような環境下で、そこで最期を迎えることになる。豪華な住まいで快適な日々を送っていても、最終的には病室に追いやられてしまうわけです」
住人同士のトラブルは一般施設と変わらず
超高級老人ホームで暮らすセレブたちは一見すると優雅に映るかもしれない。だが多様な人間が同じ屋根の下に住んでいれば、トラブルなしとはいかないもの。
「風呂場でシャワーがかかったともめたり、食堂の席を取り合ったりするなど、一般的な老人ホームと変わらないいざこざが起きています」
超高級施設ならではという点では、居住者同士の色恋沙汰が多いそうだ。
「イベントやサークル活動が活発だからだと思います。会を通じて独り身の高齢男女が仲良くなり、恋愛に発展していく。超高級老人ホームは女性の居住者が多数を占め、夫に先立たれてから元気を取り戻すようです。男性は妻亡き後逆に元気を失うようですが」
最後に、悪徳施設について教えてもらおう。
「ひと言でいうと、“偽装”がいたるところで見られました。例えば、法律で決められた介護職員の人員配置の基準人数を満たしていないのに、書類上の数をごまかしていたり。“偽装”や“演出”がさまざまな場所で見られました。自由度の高い施設を標榜しているにもかかわらず、居住者は敷地内を散歩することすらできない。衝撃の事実ばかりでしたね」
甚野さんは超高級老人ホームを利益追求ビジネスの最たるものと指摘する。
「利益追求が悪いわけではありません。老人ホームは福祉施設です。超高級老人ホームの場合、肝心な福祉の部分が抜け落ち、利益追求だけに走りがちなのが問題であり、かつ福祉の充実を偽って演出している点で根は深い。私はそう思っています」
お話を伺ったのは──甚野博則さん
1973年生まれ。大手メーカーや出版社などを経て、2006年から『週刊文春』記者に。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆する。最新著書『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)が話題。
<取材・文/百瀬康司>