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加齢とともに、体力や気力が低下。以前よりも、片づけや家事へのやる気がダダ下がり、という人も多いのでは?「暮らし方を見直すチャンス。自分をもっとラクにしてあげて」そう話すのは一級建築士、田中ナオミさん。「きれいよりも便利さ」「時短は目的ではなく結果」―。自身が実践してきたノウハウを伺った。
収納は「その場しのぎの“きれい”」
「片づけと聞くと、収納だけに目がいきがちですが、そうなるとその場しのぎの“きれい”にしか、なりません。本来、片づけの目的は見栄えのためではなく、そこに暮らす人のために行うもの。“使えるように整える”ためのひとつの手段なのです」
と話すのは、40年間、個人住宅を手がけてきた住宅設計者であり、「生活を楽しむこと」がモットーの一級建築士、田中ナオミさん。
「家をきれいにすることだけに自分のタガをはめてしまうと苦しくなり、ストレスがたまります。目先のきれいではなく使いやすく整えると、きれいの思考が変わって、ラクになるかもしれません」
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田中さんによると、「片づく住まい」には、下の囲みのようにいくつかの条件があるそう。
「片づく住まいを考える際に、見直さなければならないのが収納。収納は、物量・ものの居場所・配置・収納の仕方の順に組み立てていきますが、やみくもに変えても暮らしにマッチしなければ片づく住まいにはなりません。
まずは、暮らしのなかのミスマッチ、『◯◯しにくい、面倒、苦手』なことを書き出して、なぜそうなのかを解消するように見直しましょう」
鍋の出し入れが面倒な場合は鍋の配置と置き方を変更。掃除がしにくいと感じたら、出しっ放しのものを減らす、といった具合だ。
「食器はキッチン、バスタオルは脱衣室、洋服は寝室など、収納の極意は『適材適所』です。使いたいものを使いたい場所に置くことは、当たり前のようで実はあまりできていません」
例えば、入浴時に必要なアイテム。
「いちばんスムーズなのは、パジャマ、下着などの入浴後の着替え一式とバスタオルを脱衣室にまとめること。1か所に収納しておけば、入浴前の準備と洗濯後の片づけが一度に済んで、無駄な動きをなくせます。ものは使う場所で出し入れが完結するのが理想。特に毎日使うものは定位置を決め、家族で共有するのが必須です」
まずは、何がどこに収納されていると、スムーズに出し入れできるのか見直してみよう。
扉があってもなくても『見える』ことが大切
「隠すように押し込んだだけの収納は、捜す手間や片づける手数が増えて、かえって“面倒くさい”の原因に。見えないものは、使わなくなるため、眠ったものも増え続けます。そんな悪循環を断ち切るために意識するのが、『見える収納』です」
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そのための田中さんの工夫のひとつが、棚の扉を外して使用すること。
「収納は扉がないほうが使いやすくて効率的です。使用頻度の高いものこそ、オープン棚での収納や出しっ放し収納がおすすめ。常にものが見えるので整頓の意識が高まるうえ、物量も把握できてものが増えにくくなる。結果、より良い収納の循環が生まれます。
よく、棚全体をボックスできっちり仕切る収納を見かけますが、一見すっきりしているようで、扉を開ける、箱を引き出す、ものを捜して取る、箱を戻す、扉を閉める、と手数が何倍にもなるので実は上級者向け。箱の中身を把握していないと、奥から『こんなの持ってた?』という忘却物が出てくることも。扉があってもなくても『見える』ことが大切なのです」
昨今、家事も仕事もコスパ重視といわれる時代。さまざまな時短術の情報があふれている中で、本質を見極めることが重要だ。。
「時短とは、ただ効率を求めるのではなく、自分が大事にしたいこと、やりたいことに時間が使えるように、暮らしのなかで費やしてきた時間を見直すこと。決して手抜きではありません。面倒に思ったりせず片づけることで、家事が効率よくでき、結果時短につながります」
ただ、掃除が苦手、毎日献立を考えるのが苦痛など、家事が嫌いで、捗らない人も少なくない。
「嫌いなことには必ず、嫌いになる原因があります。まずはその理由を書き出して、取り除いていきましょう」
嫌いな理由の多くは、おっくうや面倒が多いと田中さん。家の中を行ったり来たりしてやる気が失せるのであれば、必要なものを適切な場所に置けばいい。
「苦手、時間がない、というなら、家族に頼るのもあり。家事を自分で抱え込む必要はありません。年を重ねていくと自分を取り巻く状況も変わるので、その都度、ベストな方法を見つけて、気持ちよく家事に取り組んでみてください」
収納の「見える化」の利点
1 捜す手間が省ける
2 出し入れしやすい
3 ものの量を把握できる
4 重複買いを防げる
5 家族も把握しやすい
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田中さん宅のトイレ棚
トイレの収納は、オープン棚。トイレットペーパーの在庫がひと目でわかる
田中さん宅の台所下
田中さん宅のキッチンのシンク下は、扉を外したオープン棚。毎日使う鍋類やざる、ボウルを出し入れしやすく配置。洗ったあとに片づけやすいのも利点で、そのうえ湿気がこもらない
「フレッシュローテーション」でタオルや布をまんべんなく使う
例えば毎日使うふきんやタオルなら、洗った順に使い回せるように洗濯したものを奥へしまっていきます。ぐるぐる回してまんべんなく使うことで持ちがよくなり、置き場所も清潔に保てて一石二鳥です。
片づく住まいに必要な条件
・家と物量のバランスが取れている
・収納の場所が、暮らしのなかの適材適所にある
・収納しているものが、出し入れしやすく機能している
・片づけが習慣化されている
・家族で片づけのルールが共有されている
撮影/鈴木真貴
『60歳からの暮らしがラクになる 住まいの作り方』(主婦と生活社)
片付けの目的は、きれいにすることではなく、自分の時間をもっとラクして作るため。40年間、個人住宅を手がけてきた住宅設計者であり、「生活を積極的に楽しむこと」がモットーの一級建築士、田中ナオミさんが実践する、考えずにできる住まいワザを収録。
田中ナオミさん 人家づくりの会会員、(一社)住宅医協会認定住宅医。徳島県出身。女子美術大学短期大学部造形学科卒業後、エヌ建築デザイン事務所、藍設計室を経て、1999年「田中ナオミアトリエ一級建築士事務所」を設立。