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2020年4月に改正健康増進法が全面施行され、望まない受動喫煙を防ぐために学校や病院などは屋内、敷地内が禁煙に、事務所やホテル、飲食店などは原則屋内禁煙となった。あれから5年、人の集まる施設での分煙は浸透したが、コロナ禍以降は喫煙所の閉鎖が相次いだこともあり、一部のスモーカーによる路上喫煙や歩きたばこが絶えない状況に。吸わない人を守るためにも、「安心して吸える喫煙所」を増やしていくことが求められている。
そんな中で、進んだ分煙環境を整えているのがパチンコ・パチスロホールだ。
「改正健康増進法の施行前は、遊技しながら紙巻きたばこを吸えたので、モクモクとたばこの煙とニオイが充満するイメージでしたが、現在は分煙によってクリーンな環境に変化しています」とパチンコ業界関係者は語る。
パチンコプレイヤーの喫煙率は一般の約3倍
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「パチンコ・パチスロプレイヤー調査2024」(調査元:シーズリサーチ)によると、遊技者の喫煙率は58.7%で、一般成人の喫煙率18.7%と比べると約3倍高いというデータがある。スモーカーの客が半数以上を占め、長時間滞在することも多いパチンコホールでの分煙は難しそうな印象を受けるが、実際にどのような分煙対策が行われているのか。パチンコホールの分煙化を推進している日本遊技関連事業協会 社会貢献・環境対策委員会委員長の福地光さんに話を聞いた。
「当協会はパチンコホールや遊技機メーカーなど遊技関連企業が参加する横断的組織なのですが、改正健康増進法の施行前からホールの空気環境をよくするための活動を行ってきました。きっかけになったのは2010年、全国に先駆けて施行された『神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例』です」
この条例は主に、「公共的施設」を、施設の性質によって「第1種施設」(官公庁、病院、学校、劇場など)、「第2種施設」(飲食店、ホテル・旅館、カラオケボックスなど)に区分し、「第1種施設」は原則禁煙とし(ただし喫煙所の設置は可能)、「第2種施設」は禁煙または分煙を選択する。という当時としては踏み込んで喫煙を規制する条例であった。
「この条例でパチンコホールは『特例第2種施設』というものに分類されて、禁煙または分煙が努力義務となりました。協会としてホールの空気環境がどうなっているかを把握するため、2012年に複数店舗で粉じん濃度の計測を行ったところ、空気だまりができてしまう箇所で基準値の0.15mg/m3を上回るデータが観測されたので、改善に向けて動き始めました」(福地さん)
これを機に、神奈川県内で展開する大手パチンコホールが率先して高性能の換気・排気設備を導入するなど、各店で空気循環をよくするための設備投資が行われるように。吸う人も吸わない人も過ごしやすい環境づくりは他店との差別化になり、新しい客層の取り込みにもつながった面もあったそう。また、副流煙への防止対策も行われ始めた。
「他人のたばこの煙を嫌がるお客様は多いので、遊技台と遊技台の間に手動で引き出せる『分煙ボード』を設置。隣席からの煙を遮断して受動喫煙を防ぐ機能があり、全国的に普及していきました」(パチンコ業界関係者)
スモーカーにやさしいホールが多く、トラブルは起きにくい
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その後、2020年の改正健康増進法の全面施行でパチンコホールは第2種施設に分類され、原則屋内禁煙になった。ただし、煙の流出を防止するための技術的基準を満たすことで、紙巻きたばこ/加熱式たばこを吸える喫煙室と、加熱式たばこ専用の喫煙エリアを設置することが可能に。経過措置として、加熱式たばこエリアでは遊技をしながら喫煙ができる。
これに伴い、日本遊技関連事業協会では分煙ノウハウを持つJTの協力のもと、「パチンコホール分煙環境整備マニュアル」を作成。店舗向けに分煙環境づくりのガイドラインをまとめてホームページで公開し、各地でセミナーなどの啓発活動も行っている。
「パチンコホールは店舗構造や運営方針によって、喫煙室や加熱式たばこエリアを取り入れた分煙スタイルを選択できます。例えばワンフロアを壁で区切って、『喫煙室のある禁煙エリア+加熱式たばこエリア』や『禁煙エリア+喫煙室のある加熱式たばこエリア』にするスタイルなどがあります。多層階の場合は1階を禁煙フロア、2階を加熱式たばこフロアにするなど、『フロア分煙』している店舗も多いです。屋内全面禁煙でも敷地屋外に喫煙所を作る場合がほとんど。需要に合わせてホール内に複数の喫煙室を作る店が増えていきました」(福地さん)
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分煙対策で特に気を付けるべきことは何だろうか。パチンコホール企業の役員も務める福地さんはこう話す。
「今の世の中、スモーカーはどんどん肩身が狭くなっていますよね。だからこそ喫煙率の高いパチンコホールでは、ルールを守りつつ、スモーカーを大事に扱おうと気を配る店舗が多い。
私のパチンコ店では喫煙所を広めに作ったり、屋外の喫煙室にエアコンを入れたりして、たばこを吸うことにストレスを感じにくい環境づくりを意識しています。ただ、広い郊外店と違って東京23区内のお店は空きスペースがほとんどないので、遊技台数を減らして喫煙所を作るケースが多く、収益にかかわるので店側にはかなりの負担ではありました」
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そのため、パチンコ業界関係者によると内装工事が不要な組み立て式でコンセント一つで設置できる分煙ブース(改正健康増進法の経過措置で認められている脱煙機能付き簡易喫煙ブース)を導入をしている店舗も多いという。
環境整備に加えて、分煙を周知させることも大切だったという。
「法令の施行前から『2020年4月からホール内が原則禁煙になります』という認知促進用のポスターを作って掲示していたので、ルールを守るお客様が多く、目立ったトラブルは起きませんでした」(福地さん)
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パチンコ業界では「マナーの悪い客が多いホールは繁盛しない」と言われている。
「そのため、分煙ルールを守れていないお客様がいた場合はスタッフが声がけすることが多い。こまめな対応も功を奏しています」(パチンコ業界関係者)
分煙が定着したパチンコホールだが、客からはどのような声が聞かれているのか。
「私の店では“空気がきれいになった”、“たばこのニオイがしなくなってよかった”というポジティブなお声をいただいています。コロナ禍と時期が重なったこともありますが、分煙が理由で客足が遠のいたという感覚はあまりありません」(福地さん)
日本遊技関連事業協会の「2023年パチンコ・パチスロファンアンケート調査」では、「パチンコホールが原則店内禁煙になる以前と比べて『喫煙環境が理由』で遊ぶ頻度は変わったか」という質問に対して、「変わらない」が71.9%で最も高い結果に。また女性20代以下、女性60代では「禁煙になる前よりも多くなった」という回答が他の世代より高い傾向があり、女性客が入りやすくなった面もあるようだ。
パチンコホールの喫煙所を公共喫煙所化する動き
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さらに最近では、喫煙所不足を受けてパチンコホールの喫煙所が一般開放されている。
「私の店に関していえば、2019年に通行客が多い駅前店舗の喫煙所をリニューアルして外に向けた入口を作り、公共喫煙所として利用できるようにしました」(福地さん)
東京や大阪などの都心で同じようなケースが増えているという。
「東京では目黒区や渋谷区など行政の依頼を受けてパチンコホールの喫煙所を公共喫煙所化する動きがあります。大阪・関西万博に備えて1月に市内全域で路上喫煙が禁止された大阪市では喫煙所の設置を急ピッチで行っていますが、現在準備中のものを含めた喫煙所331か所中、129か所をパチンコホールの喫煙所が占めています」(パチンコ業界関係者)
ただし、どのホールでも利用できるわけではない。喫煙所の少ない店では利用客の妨げにならないように一般開放していない場合もあるので注意が必要だ。
吸う人にやさしい環境は、吸わない人にもやさしい。パチンコホールの取り組みには、分煙を成功させるヒントがたくさん隠されているのではないだろうか。