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「戦争の瓦礫の中で、大きな犬を抱えて逃げる女性の映像をネットで見たんです。とても人ごととは思えませんでした。自分も犬と一緒に住んでいますが、もしも戦争や震災があったら絶対に連れて逃げたい。犬を置いて逃げて自分だけ生き残ったとしても、その後の人生やりきれないと思うから……」
命に優先順位はありますか? ウクライナ侵攻から3年、戦場にいる犬たちは今――
2022年2月から始まったロシアによるウクライナ侵攻。悲惨な出来事が日々報道されるなか、1か月後にはウクライナに向かった日本人がいた。
映画『犬に名前をつける日』やNHKで放送されたドキュメンタリー『石田ゆり子 世界の犬と猫を抱きしめる』など数々の作品で、犬や猫の命をテーマに取材を重ねてきた山田あかね監督だ。
足かけ3年にわたった取材が、映画『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』として公開される。彼女はどんな思いと覚悟で戦禍の現地に向かったのだろうか――。
「これまで東日本大震災の福島や能登半島でも取材を続けてきました。厳しい状況にいる犬たちが心配だったし、なによりも映像で伝えることが自分にできることなので」
当時も今も、ウクライナの危険度はレベル4。退避勧告が出る中、まず隣国のポーランドに入ってプシェミシルという町から国境に向かった。
「日本を発つ前に遺書を書きました。とにかく怖くてすごく緊張していました。ところが行ってみると、ヨーロッパ中がウクライナを助けようという気運で、避難してきた人への支援がすごく手厚い。
それは犬に対しても同じで、国境にはフランスのブリジット・バルドー財団など各国の団体が動物保護のためのテントを連ねていて、ドッグフードやらケージやら必要なものが何でもそろう。恐ろしい目に遭うのではとビクビクしていたのに、むしろ優しい目にたくさん出会って“なんだ人類、大丈夫じゃん”と思ったくらいでした」
映画に登場するのは世界各国から駆けつけたボランティア、動物を保護するシェルターの責任者、動物愛護団体のメンバー、最前線で動物の救出活動をする元イギリス軍兵士など。
小さな命を決してないがしろにせず“戦うこと”ではなく“助けること”を選んだ人たちに出会って、大いに勇気づけられたという。
その一方で、悲惨な現実も突きつけられる。
「せめて檻から出してあげられれば」犠牲になった犬たち
「首都キーウ近郊のボロディアンカにあるシェルターで、222匹もの犬が命を落としたんです。ボロディアンカはロシア軍に占領されて、凄惨な殺戮があった街。そこには500匹近い犬がいたのですが、檻の中で1か月以上、餌も水も与えられず……」
衰弱して冷たくなった犬たちの死骸を見つける場面は実に痛ましい。
「せめて檻から出してあげられれば、犬たちは雨水をすすってでも生き延びたかもしれない。でも、それをする人がいなかった……。
みんな爆弾が落ちたり、ロシア兵に殺される悲惨さは想像がつくじゃないですか。でも実は戦争の悲惨さって、それだけじゃない。ちょっとした不幸の連鎖だったりミスから、多くの命が失われることもあるんだと知りました」
それを伝えるため、ウクライナに3回飛んだ。
「ワガママは承知です。日本の被災地の取材では“こんなに人間が大変な時に、オマエら犬猫なんか撮ってんじゃねえよ!”と言われました。でもヨーロッパでは一度も言われなかった。“どうぞ撮って伝えてください”と後押ししてもらいました」
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映画のナレーションは東出昌大に頼んだ。俳優業のかたわら山小屋に住み、狩猟をしている生き方に興味を持ったという。
「やっぱり強烈なテーマだから、同じくらい強烈さを持っている人に担当してもらいたかった。東出さんは鹿を撃つたびに“ごめんね”って罪の意識が消えないそうです。私は肉も食べるし、牛乳も飲むし、卵も食べる。それで動物の命を助けたいというのは、ある種の矛盾を抱えていると思います。
東出さんは、この文明が包み隠している“人間は何かを犠牲にしなければ生きていけない”という事実に向き合っていて、すごく敬意を感じます。だからこそ、やってもらいたかった」
ナレーションの収録中、東出が声を詰まらせた場面があったという。
「収録のキューを押しても何も言わないから、どうしたのかな?と見たら“ごめんなさい。悲しくて、僕ダメです”“心整理するまで待ってもらえますか”って泣いていて。本当に純粋な人だと思いました」
石田ゆり子と活動をともに。“動物が持つ力”を信じて
山田あかね監督は、動物好きで知られる俳優・石田ゆり子とともに「ハナコプロジェクト」を立ち上げ、飼い主のいない犬と猫の医療費を支援する活動も行っている。
「石田さんとは映画『犬に名前をつける日』(2015年公開)を見て気に入ってくれたのがご縁で、ドキュメンタリーのナレーションをお願いしたり、『家族になろうよ 犬と猫と私たちの未来』というNHKの特番で司会をしてもらうようになりました。
その流れで“何か一緒にやりたいですね”って話になったのですが、お互いに本業があるから犬猫を預かるシェルターはとうてい無理……。
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それに長年取材を続ける中で、志は高いけれどうまくいかなくなる人たちをいっぱい見てきました。自分たちでもできる最善の方法を考えて、2022年5月からスタートさせたのがハナコプロジェクトです」
現在は全国13の動物病院を通じて、保護犬・保護猫の不妊去勢手術費用、飼い主のいない子犬・子猫のケア費用を支援しており、活動は一般からの寄付でまかなっている。
「動物が持つ力って本当にすごいと私は思っていて、それは今回のウクライナでも改めて実感しました。海外では兵士のためや刑務所などでもドッグセラピーが行われていて、厳しい状況に置かれた人を救う力があるんだ、と。
おばあちゃんが猫を膝に乗せたりするのも血圧を安定させる効果があるそうですし、温かくて気持ちが穏やかになりますよね。これからもずっと、犬や猫と関わっていきたいと思っています」
取材・文/川合文彦