
2020年4月に全面施行された「改正健康増進法」によって、望まない受動喫煙を防止するための取り組みはマナーからルールへと変わり、公共施設をはじめ、オフィスや飲食店など屋内は原則として禁煙となった。それに伴って街中に見られた灰皿の多くが撤去されたが、歩きたばこや吸い殻のポイ捨てなどの迷惑行為が目立つようになったという声も聞く。あれから5年、望まない受動喫煙の防止や環境美化を推進するためにも分煙施設の設置が推奨されているが、各自治体はどのような対策を行なっているのだろうか。【大都市の分煙事情】として3日連続で、全国9つの大都市の役所に取材し、現状をお伝えする。
今回は大阪・関西万博の開催が秒読みの大阪市、2003年の「健康増進法」施行時から着々と啓発に取り組んできた名古屋市、ますます増加する外国人観光客の喫煙マナー向上に取り組む京都市と、大阪・名古屋・京都3都市の分煙対策の現状をさぐる。
大阪・関西万博目前! 市内全域が禁煙化、140か所の喫煙所を設置
2025年4月13日、いよいよ大阪・関西万博が開幕する。1月7日付のアメリカ有力紙『ニューヨーク・タイムズ』でも「2025年に行くべき52か所」として日本から大阪と富山が選ばれた。ますますインバウンド増加が見込まれる大阪市では、大阪・関西万博イヤーである今年を目処に、たばこを吸う人と吸わない人が共存できる分煙環境の整備に取り組んできた。
2007年、大阪市は御堂筋、梅田、難波など一部のエリアを路上喫煙禁止地区に指定。違反者には過料1000円を科すなどの施策と同時に、120か所の喫煙所の整備と20か所の既存喫煙所の改修を目指し、計140か所の喫煙所設置を目標に据えた。
市だけでは設置場所の確保が困難だったため、2023年4月28日に民間事業者が喫煙所を整備する場合の整備費や維持管理費を補助する『大阪市指定喫煙所設置経費等補助金制度』を創設。1年間で20件程度、2年間で40件程度の申請を想定して、残りの80件を公設で整備することにしたという。
この制度は、新たに喫煙所を地上に設置する場合は1000万円、地下に設置する場合は2000万円、既存喫煙所の改修は300万円を上限に設置経費を10割助成するというもの。清掃・ごみ処理委託費や光熱費などの維持管理費も補助するという手厚い制度だけに問い合わせが殺到し、2次募集、3次募集まで追加で実施した。
「令和6年(2024年)度では、約250件のお問い合わせをいただきました。令和7年1月までに、令和5年度と令和6年度を合わせて、(民間の喫煙所だけで)約80か所程度を見込んでいます」(大阪市担当者)
取材時点では「見込み」だったが、2月28日付け日刊ゲンダイweb版の報道によると、《1月27日時点で公設の指定喫煙所が51か所、補助制度を活用した民間の指定喫煙所が119カ所で合計170か所。さらに以前から設置されていた公設の指定喫煙所が7か所、民間の指定喫煙所を無償で一般開放したところが123か所あり、合わせて300か所。また、喫煙可能な飲食店や商業施設など情報提供喫煙所13か所を含めると全体で313か所》が整備されたという。
これは、大阪市が目標として掲げていた140か所を上回る数字だ。ただし日刊ゲンダイも指摘するようにこの中身には重複がかなりあるのと、313か所のうち140か所はパチンコ店に協力してもらったもので、1店舗で複数の喫煙所を設置しているケースがあり、それを考慮すると、万博期間中の受動喫煙防止が若干心配になる状況だ。
喫煙所数の一応の目標達成を経て、2025年1月27日、大阪市は市内全域の路上喫煙禁止に踏み切った。これまでにも、東京都千代田区や神奈川県大和市など、路上喫煙が全面禁止された条例はあったが、人口規模は限定的。大阪市のような200万都市が全面禁止となることは国内初なだけに、市民はもちろんのこと、訪日観光客に周知させるには困難も伴いそうだ。ちなみに万博会場内に喫煙所はなく、愛煙家が憩うエリアは会場外に設置するという。
名古屋は独自の上のせ条例により受動喫煙の啓発に取り組む

大阪市同様に人口200万都市の名古屋市では、平成16年に制定した「安心・安全で快適なまちづくりなごや条例」に基づき、喫煙に対する啓発が着々と進んでいる。名古屋市の取り組みの特徴は、受動喫煙対策により力を入れていることだ。
「受動喫煙による健康への影響から子どもを守るため、『名古屋市子どもを受動喫煙から守る条例』(令和2年施行)を定め、市民に対して受動喫煙に関する知識の普及、喫煙者には受動喫煙防止に関する意識の啓発を行っております」(健康福祉局健康部健康増進課)
この条例は、受動喫煙による健康への影響から子どもを守ることを重視しており、「喫煙をしようとする者は、子どもが居住する住居等の室内において、 喫煙をしないよう努めなければならない」(第5条)「喫煙をしようとする者は、子どもが同乗している自動車内において、 喫煙をしないよう努めなければならない」(第6条)といった条文が含まれている。
また啓発活動の他、事業者と協力したパトロールも効果を上げ、たばこのポイ捨てが激減したという。路上禁煙地区に制定されている名古屋駅・栄・金山・藤が丘の4地区で路上喫煙した場合の過料が2000円と全国的に見て金額が高いことからも、名古屋市の厳しい姿勢が見てとれる。
たばこを吸う人と吸わない人が共存できる世界を作るためには、お互いを思いやる気遣いとマナーが必要。そのために欠かせないのは分煙施設だが、この点では課題もある。名古屋市では、令和2年度から「施設の全部の場所を喫煙する場所とする屋外の分煙施設」を対象に、限度額300万円で設置経費を10割助成する取り組みを行っている。
「『屋外分煙施設設置費用助成事業』に関する問い合わせは、令和6年11月15日現在までに37件あり、うち25件が助成を受けて設置されました。市内全域で年間10件を設置目標としておりますが、目標を下回っております」(健康福祉局健康部健康増進課)
今後の動向を見守るしかないが、出足が鈍いのが気になるところだ。

また名古屋市では、令和8年9月19日から開催される「第20回アジア競技大会」を控えており、インバウンド対策にも力を入れている。
「外国人への喫煙対策としては、英語の路面表示、地区案内看板、デジタルサイネージに加え、案内チラシは英語、中国語、ハングルと、各国の旅行者へ向けて制作しています。案内チラシは、名古屋駅、栄オアシス、金山駅の観光案内所や路上禁煙地区周辺のホテル、セントレア空港到着ロビーに設置したチラシ配架コーナーにそれぞれ配架しています」(環境局事業部作業課)
受動喫煙に関する意識が高い名古屋市だけに、インバウンドを含めた愛煙家と、子どもやたばこを吸わない人が平和に共存する市を目指し、ぜひ屋外分煙施設の拡充にも力を入れてほしいものだ。
京都市は指導員が街頭啓発、多言語表示で喫煙場所を徹底周知

日本政府観光局の推計によると、2024年の訪日外国人数は過去最多の3686万9900人。大勢の外国人で混雑する京都では、キャッシュレス賽銭など外国人参拝者向けの取り組みが増えているが、木造建築が多いこの地で、やはり気になるのは火気を伴うたばこのマナー。寺社仏閣に限らず街そのものが歴史的風致を形成しているため、路上喫煙は瞬時に火災につながる危険性もある。路上喫煙対策はどのように行なっているのだろうか。
「路上喫煙等対策強化区域内において、当該区域内を巡回する路上喫煙等監視指導員が路上喫煙等を現認した際には、違反者から過料として1000円を徴収しています。また、区域内外を問わず、観光地や人の往来が多い駅周辺等での街頭啓発、拡声器付き公用車を用いた音声啓発の実施、路上喫煙防止啓発物の掲示などを通じても周知啓発に努めています」(京都市担当者)

なお、国内外の観光客が多く集まる京都三大祭り(葵祭、祇園祭、時代祭)や各種イベントでも街頭啓発を実施しており、毎年の祇園祭では、観光部門と連携してパンフレットに路上喫煙防止の広告を掲載している。
「外国人を含む多くの方が本市に訪れるまでに条例の理解が深まるよう、各種情報誌・観光地図への広告の掲載、関西空港・JR京都駅新幹線口・近鉄京都駅・京都総合観光案内所等のパンフレットラックへのチラシの配架も行っております。また、本市の作成する路上喫煙防止に係るポスター・チラシには、京都市の観光名所を背景に使用しております」(京都市担当者)
また、自宅の近所などで路上喫煙に悩む市民のため、市では路上喫煙防止のステッカーやデザインポスターを無償配布しているが、観光名所を背景に使用したポスター・チラシは美しく、観光都市・京都らしい取り組みといえる。

一方、分煙対策はどうなっているのだろうか。
「市内19か所、路上喫煙等対策強化区域内は12か所の公設喫煙場所を整備し、維持・管理を行っています。喫煙場所内には、市内の路上喫煙等対策強化区域を示した地図や啓発ポスターや標示類などを設置し、条例の周知に努めています。喫煙場所の壁面には「Smoking Area」の外国語や喫煙マークを表示するなど、外国人観光旅行者にも喫煙場所であることが分かるように工夫しています」(京都市担当者)
対策強化区域内の喫煙場所に設置する灰皿の上部には、対策強化区域の地図および区域周辺の公設喫煙場所を表示。市外から訪れる喫煙者にも公設喫煙場所を利用してもらうことで、愛煙家とたばこを吸わない人の共存共栄を目指している。
令和6年に観光庁が発表した訪日外国人が直面する「困りごと」として、第4位に挙がったのは「多言語表示の少なさ・わかりにくさ」(13.4%)。コロナ禍前の平成30年度に比べ減ってはいるものの、まだまだ表示に戸惑う訪日外国人は多いといえる。まずは世界に名だたる観光都市・京都の喫煙場所から、外国人愛煙家にもわかりやすい喫煙所の周知を心がけてほしい。
