■生まれて初めて親に怒られるのを覚悟した
「日曜の朝が来るのが楽しみで、機会があれば僕も番組に出てみたいなと思っていましたが、住んでいるのは広島でも田舎のほうなので、すごく遠い存在でした。それが広島でも予選があると聞いて、まさに運命を感じましたね」
音楽好きの父親、自身も歌うことが大好き、音楽一家で育った城みちるは新しく始まった素人オーディション番組を見ながら胸を躍らせていた。
「でも実は、応募しそびれてしまいまして(笑い)。そこで、たくさん応募をしていた友人が予選参加のハガキを3通持っており、予選会場は広島市内で家からはちょっと距離があったので、姉にも一緒についてきてもらって、3人で出たんです」
1次予選の審査は、イントロ10秒、歌10秒。城は北山修が作詞し、加藤和彦が作曲した『あの素晴しい愛をもう一度』を歌った。全国的には“目指すアイドル”として郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎らが挙げられ、彼らの曲を歌う男の子が多い中、
「フォークソングを歌ったのがよかったと、後で審査員の先生にホメられました」
見事、1次予選を通過した城。しかし、あまりの人の多さに予定時間は大幅に押していた。親には内緒で参加していたので、帰宅が夜遅くになると怒られてしまう。同じく予選通過していた姉が家に電話をすると「すぐ帰ってきなさい」と叱られた。2次予選を辞退して帰宅した姉を見送り、城は生まれて初めて親に怒られるのを覚悟で次の予選に駒を進める。すべての選考が終わり、夜中に自宅の最寄り駅まで迎えに来てくれた親は中学生の城を叱りつけたが、最終14人まで残ったことを聞くと、複雑な顔を見せた。
「でも実は、後日談で番組のプロデューサーに聞いたら、審査員の先生たちがいちばん目をつけていたのは、僕より姉のほうだったそうです」
それから、決戦大会のある東京の後楽園ホールへ。
「どんなふうに歌ったとか番組内容は忘れちゃいました。プラカードも10本前後が上がったと思いますが、ちゃんと覚えていません。すごく緊張したのだけは覚えています」
テレビで見ていた司会の萩本欽一や審査員が目の前にいる。そのステージに上がり、スポットライトを当てられると、夢の中にいる気がした。
■父親との約束どおり芸能界を引退、実家の電器店を継いだ
「アイドルになって生活はガラリと変わりました。ただ、10代の自分にとってはずっと夢の中にいるようで、周りにいる大人たちのアドバイスや指示を受けながら日々を過ごしつつ、そこに自分の意思という割合は少なかった。アイドル時代の思い出はたくさんありすぎて、どこから話せばいいのかわかりません」
『スタ誕』の収録でハワイに行ったこともある。ジャンボジェット機をチャーターして、出演者、番組スタッフ、所属事務所の関係者、さらに番組のファンも一緒。
「当時の番組プロデューサーは“東京のお父さん”のように接していましたが、審査員の先生たちは怖くて気軽に口がきける存在ではなかった。でも、ハワイは環境も違うし一緒にいる時間も長かったのでフレンドリーになれて。ただ、いま思えば審査員の方たちも当時は30代から40代。あの威圧感はいったい何だったんだろうと思います(笑い)」
ちなみに城の父親は、彼がアイドルになることに大反対。親とプロダクションとレコード会社と番組プロデューサーの4者面談でも、絶対に歌手にはさせないと言い張ったが、最終的には高校のクラブ活動のつもりで、3年間だけという約束で許してもらった。というのも、城の実家は東芝製品を取り扱う電器店。彼は跡取り息子で、東京へ行って故郷を離れたら、2度と帰ってこなくなるんじゃないかと父親は心配したという。
「だから、僕は東京で大学にも行きましたが、20歳で芸能活動を1度引退し、父親との約束どおり帰郷して、実家の電器店を継ぎました。もし、レコード会社と契約するなら東芝と決めていましたね。愛着もありましたし」
現在57歳になった城は、いまも地元・広島で暮らしている。この春、萩本が駒澤大学に入学したと聞いて驚いた。
「ビックリしましたよ! 実は僕の後輩になるんです。でも、すごいですよね、いまから大学に行くなんて。その若さも尊敬しています」
■娘も地元広島でご当地アイドルに
城にとっては、最近の芸能界はよくわからないという。
「今年から大学生になった18歳の娘が、僕の影響かどうかわかりませんが、いま地元の広島で『ひろしまメイプルズ』というアイドルグループのメンバーなんです。それで若い人の曲なんかも、娘を通して聴く機会も少しはあります。でも、僕らの時代と比べると、いまは“その他大勢の1人”というのが多くて、そこで目立とうとしても大変そうだから、彼女たちはそれでいいのかなって、僕なんかは心配になっちゃいますね」
テレビで城がアイドルだった懐かし映像が流れると娘からは「パパ、きもちワル~イ」と言われたこともあった。だが、『ちびまる子ちゃん』(フジ系)に城がアニメのキャラクターとして登場すると一転、「パパ、すごいじゃん!」と尊敬もされたとか。
「僕はデビューしてからアイドル生活の3年間は、ずっと夢見心地で過ぎ去ったという気がしています」