
俳句は堅苦しくて難解なイメージがあったが、川上弘美さんの句集『王将の前で待つてて』を読むと、先入観が一変した。目の前に情景が浮かび「ああ、わかる」と深く共感したり、ドキッとしたり、クスリと笑えたり……。
スマホ買い即罅入れる
夜寒かな
メロン切るとき
をんなの目酷薄に
たうがらし死んだともだちに会ひたい
「読む人にゆだねることが大事」
川上さんの俳句歴は30年に及ぶ。1994年にパスカル短編文学新人賞に応募したとき、応募仲間から句会に誘われたのがきっかけだ。『神様』で同賞を受賞し作家デビューしたものの、なかなか小説を掲載される機会が巡ってこない中で、俳句ばかり作っていたそう。
「俳句は1句できると“完成した!”という達成感があります。ネット上の句会はずっとやっていて、小説の締め切りがなくても俳句の締め切りがあるだけで“まあ、いっか”という気持ちになれたので(笑)」
2年後に『蛇を踏む』で芥川賞を受賞し、執筆の依頼が絶えなくなった後も俳句は変わらずに続けた。2010年に初句集『機嫌のいい犬』を上梓。それ以降に詠んだ220句が今回の句集には収められている。
川上さんいわく「外出も少なく、家にずっといる生活」。そんな日々の中でどのように俳句を作っているのか。
「私も最初はそうでしたが、壮大なことを詠みたくなるけど、それはダメ。むしろ小さいことを詠んで、あとは読む人にゆだねることが大事。自分がいいなと思う句を作る人は、生活の細部にこそ着目している人。例えば(壁紙を指さして)“この辺が少しハゲているね”とか、気づいたささやかなことを面白がって詠む。あらゆるものに美を見いだすのが俳句なんです」

例として川上さんが挙げてくれたのは、句集に収録されている次の2句だ。
地鎮祭の
キウイくるるや夏初め
地鎮祭の昆布もくるるや捨つるごと
「私、この2句が結構好きで。近所で地鎮祭をやった人が『うちでは使わないから』と昆布をくれたんです。神聖な地鎮祭の昆布なのにいいの?と心配になったけど、俳句にすると『これもまたおもしれえわ』と、くれた人の趣が深くなる。まぁ小説もそうなんですけど、そういう良さが創作にはあるような気がしますね」
こうして作った俳句を、さらに磨き上げてくれるのが句会だ。川上さんは、「俳句は句会で人と一緒にやるのが楽しい。1人で作ってもつまらない」と言う。
句会では全員が作った句を無記名でまとめて見る。その中から自作以外でいいと思った句を何句か選ぶ。そして、それぞれの句について講評し合うのが一般的な会の流れだという。
「誰が作った句かわからないので、忖度なしでいろいろ言えるんです。句の内容は尊重しつつ、“ここは助詞を変えたらどうだろう”などと、どんどん磨き上げていける。指南を受けると少し傷つきそうだけれど、句が明らかによくなるので、大丈夫なんです。
また俳句は何でもないことを詠むから、これでいいのか判断に迷うこともあります。つまらないと思った自分の句を、他の人に『これはこういう意味なんですね』と解釈してもらって、いい句に思えてきたり。反対に、すごい名作かもと思っていた句が全然評価されなかったり(笑)。それもまた面白いんですよね」
今回の句集を刊行後、川上さんは俳人の夏井いつきさんと対談した。バラエティー番組『プレバト!!』(TBS系)で人気の夏井さんは、
変心やしらすにまじる
大しらす
という句を評価してくれたそうだ。
「しらすの中に大きいしらすがあった。“それがどうしたサノヨイヨイ”ともいえるけど、それを面白がるのが俳句だと、夏井さんの言葉でほめてくださって、すごくうれしかったです」
俳句は「自分らしい個性が出ているのが面白いというゲーム」
この句は「取り合わせ」という技法を使っている。「しらす」とかけ離れた、だが少し関係あるかもと感じる「心変わり」を意味する「変心や」を組み合わせたことがポイントだそう。
「2つの違う世界がそこにあるとバーンと俳句が広がるんですよね。いろんな場面を取り合わせるのは、頭脳ゲームみたいで楽しい。ただし正解のあるゲームじゃなく、自分らしい個性が出ているのが面白いというゲームです」
確かに、俳句作りはとても楽しそうだが、初心者がいきなり既成の句会に参加するのはハードルが高そうだ。俳句を作ってみたくなったらどうしたらいいのかと聞くと『20週俳句入門』という本をすすめてくれた。
俳句には「や」「かな」「けり」など言葉の最後につける「切れ字」がある。そうした俳句特有のルールを1週間に1つずつ学び例句を覚える。
「基本的で大事なことをこの1冊で網羅できます。私もこの本で基本を勉強しました。作り方がわかってくると、どんどん面白くなりますよ。あとはカルチャーセンターの俳句講座に行く人も。自分だけで作っていてうまくいかない時も、先生が少し教えてくれると“あ、そうか”って、目の前がひらけたりしますよ」
川上さんの言葉の端々からは、俳句への愛を感じる。最後は句集のあとがきに記された川上さんの言葉を紹介して終わりたい。
「生きる面白さと難儀さの両方を感じさせてくれる俳句を、みなさんも、始めてみませんか?」
最近の川上さん

趣味は読書です。だいたい寝床の中で読むので、スマホに入れたキンドルで。字も拡大できるし、本を積んでおかなくていいし。量でいうと漫画と小説が1対1です。最近、びっくりした漫画は『古代戦士ハニワット』。ドラマにもなった『鈴木先生』の作者が描いた不思議な漫画です。ハマっております。
『王将の前で待つてて』

川上弘美 集英社 税込み2145円
取材・文/萩原絹代 写真提供/集英社
川上弘美(かわかみ・ひろみ) 1958年、東京都生まれ。お茶の水女子大学理学部卒業。'94年に『神様』で第1回パスカル短編文学新人賞を受賞し作家デビュー。'96年『蛇を踏む』で芥川賞、2001年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、'15年『水声』で読売文学賞を受賞。'19年紫綬褒章を受章。他に『真鶴』『大きな鳥にさらわれないよう』『東京日記』シリーズなど。