
埼玉県八潮市の県道6差路交差点で道路が陥没したのは、2025年1月28日午前9時50分ごろのこと。
「事故現場の周辺では、四方八方で通行止めが続き、迂回ルートは混むため、通過時間が読めないんです。車を運転するときは早めに出かけるようになりました。交通規制が、どの範囲でいつまで続くかわからないのが不安ですね」
と、現場近くに住む30代の男性会社員はため息をつく。
住民説明会で示された方針
交差点を左折した2トントラックが、直径約10メートル、深さ約5メートルの穴に転落して、運転手の男性はいまだ救助されていない。事故直後は運転手と会話ができていたが、同日夕刻には呼びかけに応じなくなった。救助活動の中、穴は2つに増え、やがてつながるなどして巨大化した。
県の避難要請を受けて近隣住民ら計185人が避難し、周辺12市町には下水道の使用自粛が呼びかけられた。いずれも解除されたものの、県が2月22日に開いた近隣住民への説明会では、救助活動再開に向けて5月中に下水道管を迂回させるバイパス運用を目指す方針が示された。
本格復旧には2~3年かかるという専門家の見通しもあり、いつ元どおりの生活に戻れるのかわからない。通行止め区域内に入るには許可が必要で、外部と遮断された一帯がある。
「その一帯に住む知人の話では、悪臭、騒音、振動がひどいらしいです。一日中微弱に揺れているって。県は地上で硫化水素は検出されていないというけど、それならば現地に来てにおいを嗅いでみてほしいって。すごいにおいがするといいます」(70代女性)
空気清浄機を購入
通行止め区域の周辺を歩くと、風が強く吹いたとき下水道のにおいが鼻をつく。この悪臭に悩まされている住民は少なくない。

「事故前は毎朝、窓を開けて部屋の空気を入れ替えるのがルーティンでした。今は無理です。もわっとしたドブのようなにおいが入ってきて部屋にたまってしまうんです。仕方なく空気清浄機を約4万円で購入し、部屋を移動させながら使用するようになりました」(50代の女性)
別の女性住民は「牧場に来たような、動物のフンに似たにおい」と表現する。悪臭に負けず屋外を駆け回る子どももいるが、現場から離れた公園で遊ぶようになったという子も。
「私はのんびりした性格なのでそれほどにおいは気にしていないけど、夫は“くさい、くさい”と言います。昼夜問わず工事が続けられているから常に振動も伝わってきます。1階よりも2階のほうが揺れは大きいですね」(80代の女性)
30代の女性は、激しい騒音に驚いたことがある。
「夜中にコンクリートをガンガン掘る音が聞こえてくることがあるんです。においが入ってくるので窓は開けられませんし、洗濯物はにおいがつくから外に干せません。振動は寝ているときのほうが感じやすく、襖などがカタカタと揺れたりもします。最近は慣れてきちゃったみたいで気にならなくなってきましたけど」
県の説明では、騒音レベルは基準値内。しかし……。
「道路の中央分離帯をガリガリと削ったときの音は大きかった。夜中にガレキを運ぶ音も耳に残っている。通行止め区域内のため、車を出すにはいちいち進入禁止のコーンをどけてもらう必要があるし、不便だよ。エリアによっては宅配便やゴミ収集車が入れず、収集作業員が集積場所から車まで何度か往復して運ぶというから大変そうだよ」(80代の自営業男性)
下水道の使用抑制が呼びかけられた期間について、都内の私立高校に通う男子高校生は「親から“トイレは学校や駅で済ませてきなさい”と言われて、なんとなく守りましたね」と振り返る。
いつまでも救出されないのが気になって

現場近くでパキスタン料理店『カラチの空』を経営するザヒット・ジャベイドさん(59)は、事故直後から、なるべく水道を使わないようにするため、料理を紙皿に盛りつけ、飲み物は紙コップでの提供に切り替えた。下水道の使用自粛が解除されても続けてきた。
「そうすればゴミは出るけど、排水を抑えられるから。運転手の男性がかわいそうで、早く助けてあげてほしかったんです。店にはパキスタン人のお客さんも来ますが、日本人客も多いし、人命救助に国籍は関係ないですよ。時間を限定して、みんなで一斉に排水をストップできたら、こんなに長引かなかったのではないか。僕も現場を車で通っていたし、人ごとではないです。いつまでも救出されないのが気になって、運転手さんが助かる夢を何度か見ました」(ジャベイドさん、以下同)
購入した紙皿と紙コップは約5万円分。まだ大量に残っているが、救助活動再開まで時間がかかる見通しが示されたため、2月24日から通常の食器に切り替えたという。
「日本人のお客さんが“あと最低3か月はかかるから元のやり方に戻したほうがいいよ”とすすめてくれたんです。近くの道が通行止めになった影響で売り上げは約8割も減り、貯金を取り崩してスタッフの給料を払っています。紙皿で料理を出したとき、外国人客の中には顔をしかめる人もいました。でも日本人はみんな理解を示し、むしろ喜んで協力してくれました」
在庫として抱えた約600枚の紙皿と、大量の紙コップはテイクアウトなどに転用するという。
今も水をジャブジャブ使う気になれない
ジャベイドさんに限らず、下水道の使用自粛が解除されても自主的に節水に取り組んできた住民はいる。

「運転手さんのご家族の気持ちを考えると、今も水をジャブジャブ使う気にはなれません。お風呂は2、3日に1回。シャワーは使いません。一時期は自粛地域外の銭湯も利用させてもらいました」(前出・70代の女性)
穴の下流に取り残された運転席付近に排水が届くことを気にしているようだ。前出の80代女性も、
「とにかく運転手さんがお気の毒。ご家族がどれほど心を痛めているかと思うと、ぜいたくは言えません。多少のことは我慢しなくちゃと思っています」
と話す。近隣住民を苦悩させる悪臭、騒音、振動についてもエリアによって度合いの濃淡があるようで「うちはまだマシなほうだから」と言葉をのみ込む住民も。
救出活動が最優先なのは間違いない。しかし、近隣住民の我慢や配慮に甘えて住民を追い込むことにならないよう、行政にはしっかりと舵取りをしてもらいたい。