
「回答を書いた紙を用意せず、すべて記憶して話されたことは、ご立派でした。初めての記者会見で緊張されたでしょうが、ゆっくりと、ひと言ひと言、聞き取りやすいように話されていたことも非常によかったです」
宮内庁OBで皇室解説者の山下晋司さんは3月3日に行われた悠仁さまの成年会見について、そう振り返った。
表情の使い分けが出来ていた
会見の冒頭で「緊張しています」と、はにかみながらも、約30分に及ぶ質疑応答に応じられた悠仁さま。皇族の成年会見は'22年3月に愛子さまが行って以来のこと。そのときと同様に、悠仁さまには5つの質問と、その場で3つの関連質問が投げかけられた。
「成年皇族としてどのように公的な活動に臨まれたいか、ご自身の性格、海外留学や結婚などの将来、4月に入学される筑波大学のこと、ご家族のことについての合計5つの質問がありました。この5つの質問は、事前に記者会から悠仁さまに共有されていたので、メモを見ずに答えられるように練習を重ねられたのでしょう。
その場のアドリブで回答しなくてはならない関連質問では、戦争の歴史との向き合われ方や、好きな女優やアイドル、音楽についてなどの質問が出ました。記者やカメラの前で悠仁さまが長い時間お話しになることは今回が初めてのこと。しっかりと受け答えされるお姿が公になったことで、ネット上でも話題を呼んでいました」(皇室担当記者、以下同)
4月に筑波大学への進学が決まっている悠仁さま。筑波大学附属高校での生活で印象に残っている出来事として“桐陰祭”と呼ばれる文化祭の思い出について、述べられた。
「昨年の桐陰祭で“クラスで一緒にピザ窯をつくり、ピザを焼きました”と明かされました。当日は悠仁さまがご友人と一緒に仲よく作業するお姿が目撃されています」
前出の山下さんは、会見時の悠仁さまの表情に注目したという。
「ご自分に関することは、にこやかに話されていた一方で、山林火災や象徴天皇の話の際には神妙な表情でした。お話の内容と表情が合っていたこともよかったと思います」
3年前に行われた愛子さまの成年会見はユーモアを交えて場を和ませるような場面もあり“完璧”と称された。同年代ということもあり、愛子さまの会見と比較されてしまう重圧がかかる中、入念な準備をされ、会見に臨まれたことだろう。
愛子さまとの比較
立派に務めを果たされた、悠仁さまに称賛の声が上がる一方、象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院人文学研究科の河西秀哉准教授は、悠仁さまの“アドリブ力”に焦点を当てる。
「18歳という年齢を踏まえると、ご立派な会見だったと思います。一方で、好きな女優やアイドル、音楽の質問に対し、具体的な固有名詞は回答されませんでしたが、もう少しアドリブ力があるとよかったと思います。
今のご時世、正直に答えることは憚られるとはいえ、秋篠宮さまが成年会見をされたときは同じような質問に『ビートルズ』と回答されています。何かしら具体的に答えることで、国民に寄り添う姿勢を見せられたと思います。今回の悠仁さまの場合、そうしたアドリブ力を感じる場面が少なかった印象です」
皇室制度に詳しい静岡福祉大学の小田部雄次名誉教授は「無難だけれど独自の未来像が見えなかった」としつつ、次のように話す。
「これから皇室はどのような点を変えていくべきかといった将来の展望について、あまり言及されなかったことが残念でした。ただ、悠仁さまがこれからどのように成長されていくのかは未知数です。今回の会見だけで評価することは難しいでしょう。むしろ無難だったことで、合格点に達しているという評価を受けられたのかもしれません。今後、悠仁さまが皇室と国民の在り方の変化をどのように捉え、どのような未来図を描いていかれるのか、大いに関心を持ちました」

ある宮内庁関係者は、悠仁さまと愛子さまの成年会見を比較し、見解を述べる。
「注目すべき点はアドリブでお答えになる関連質問です。愛子さまは“成年を迎えて両陛下にお伝えしたいこと”という関連質問に対し、ご家族への愛情を語られ、両陛下に“生んでくれてありがとう”と伝えたいと話されました。これは雅子さまが出産後の会見で“生まれてきてくれてありがとう”と話されたことと対になっています。
両陛下の具体的な言葉については回答を控えられましたが、ご両親への感謝が伝わってきました。一方の悠仁さまは戦争に関する上皇ご夫妻との具体的な会話の内容には言及されませんでしたが、ご自分はどう感じ、どんなことを学ばれたのか、もう少し詳しく説明してもよかったのでは」
“歯切れの悪い”ご回答だった背景
ある皇室ジャーナリストは、悠仁さまの関連質問への対応を疑問視する。
「秋篠宮さまのご性格について“こだわりがある”と話された悠仁さまに対し、記者からは“秋篠宮さまと同様にこだわりを持つことがあるか、似ていると感じられたことがあるか”という関連質問が出ました。
すると、悠仁さまは“ときにはこだわりを持つ”“ときには似ていることもある”と歯切れの悪い回答をするのみで、どのようなことにこだわりを持つのか、どんなタイミングで秋篠宮さまと似ていると感じられたのかは語られませんでした。関連質問はアドリブだからこそ、その対応の仕方で悠仁さまがどのような人柄なのかが伝わります。抽象的な回答をするだけでは、悠仁さまのお人柄は見えてきません」
このジャーナリストは会見を通して、ある違和感を覚えたと続ける。
「これまで悠仁さまの人となりを国民にアピールする機会は少なかったですし、国民に寄り添う姿勢を見せるためにも、そうしたプライベートに関する質問には、もう少し具体的に答えるべきだったと思います。より私的な話や今まで語られたことがない話になると、途端に回答を避けるような印象を受けました」

悠仁さまの“歯切れの悪い”ご回答について、秋篠宮家特有の“情報統制”が敷かれた可能性も指摘される。
「秋篠宮家の最側近にあたる皇嗣職大夫は、定例会見でも、宮内庁担当の記者からプライベートに関わる質問が出ても回答しないように徹底しており、悠仁さまは普段の方針に沿って会見でお答えになったのかもしれません。もしくはご両親から“答えるべきか迷う質問が出たら、答えなくていい”と助言を受けていたことも考えられます」(同・皇室ジャーナリスト)
“沈黙は金”という言葉もあるが、このまま国民が悠仁さまのパーソナルな部分や皇室への考え方を十分に理解できないままでは、“閉ざされた皇室”への一途をたどることになりかねない─。
山下晋司 皇室解説者。23年間の宮内庁勤務の後、出版社役員を経て独立。書籍やテレビ番組の監修、執筆、講演などを行っている
河西秀哉 名古屋大学大学院人文学研究科准教授。象徴天皇制を専門とし、『近代天皇制から象徴天皇制へ―「象徴」への道程』など著書多数
小田部雄次 静岡福祉大学名誉教授。日本近現代皇室史を専門とし、『皇室と学問 昭和天皇の粘菌学から秋篠宮の鳥学まで』など著書多数