
第111回 高嶋ちさ子
タレントでヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんが3月2日放送の『日曜日の初耳学』(毎日放送)に出演した際の発言がネット上で波紋を呼びました。
「パン1つで3日くらい動ける」
ちさ子さんと言えばバラエテイー番組からひっぱりだこ。音楽のコンサートもありますから、超多忙な日々を過ごしていることでしょう。そんなちさ子さんに対し、同番組は夫に取材。「よく働いているので立派だと思いますが、もう若くないので健康管理ができていないのが心配です」というコメントが寄せられたのでした。
ここでちさ子さんが自らのアクティブぶりを示す例として、「パン1つで3日くらい動ける」「朝ごはんを食べるとテンションがあがっちゃう」ので番組のために朝食を抜いてきたそうで、食べなくても動ける燃費のいい体質であることを明かします。少ししか食べないでうれしいかというとそういうわけではなく、「私だって落ち着きたい」そうで、「心療内科5軒まわる」「先生を論破するのが得意」と発言したところ、SNSでやや燃えしてしまったのでした。
心療内科は特に初診では予約がとれないことも多く、一か月待ちなんてこともあります。そういう目にあっている人からすると5軒もかかりつけがあることに驚きがあるでしょうし、医師や病院関係者からすると、治療のためのまじめな助言を「論破した」とキャッキャッする態度が気に入らないのでしょう。ちさ子さんを傍若無人でヤバいと見た人も多いのではないかと思いますが、私は逆で、ちさ子さんの繊細がモロに出てきているように思うのです。
どこが繊細なんだよというツッコミが聞こえてきそうですが、まず、ちさ子さんというタレントのすごさから考えてみたいと思います。
多様性という言葉をよく聞くようになりましたが、テレビで多様性を表現するのは、実はとても難しいことだと思うのです。老若男女が見るテレビでは「わかりやすい」ことが求められます。基本的にはテレビではキラキラした経歴や外見の人が好まれます。ちさ子さんは、俳優・高嶋政宏・政伸さんの従兄弟にあたり、お父さんはビートルズを日本に連れてきた名プロデューサー。ご本人は小学校から有名大学付属の小学校に通い、子どもの頃はモデルをしていたなどまさにキラキラ。
しかし、キラキラな人でなければテレビには出られないけれど、キラキラしているだけでは生き残れない時代に突入しているのです。
曲がり角が来る前に曲がるほど“せっかち”
昭和や平成中期までであれば、女優さんやモデル、女子アナなどキラキラしている人に対して、オンナ芸人が「モテるからって調子にのっている」と妬んでいるようにふるまったり、女性同士で「だから、結婚できないんだ」と非をあげつらうことで笑いが成立していました。しかし、ハラスメントNOの時代にこれをやれば、番組に批判が殺到することは目に見えています。こうなると、キラキラした存在だけれども、ハラスメントにならず、かつ人を傷つけない笑いを生み出せる人が求められます。
ちさ子さんはキラキラ星出身でありながら、毒舌をウリにしていました。女性で毒舌役を引き受ける人は少ないので、テレビでの生存という意味で言うならアリです。しかし、女性の場合、上沼恵美子さんのようにレジェンドレベルに到達していないと「そういうおまえは何様だ、人にそんなこと言う権利はあるのか」と言われてしまいがち。しかし、ちさ子さんには“せっかち”という素晴らしいキャラがあったのです。
せっかちというのは自分のことですから、どれだけ話しても人を傷つけることはありません。ちさ子さんがいろいろな番組で披露していたせっかちエピソードの1つに、曲がり角が来る前に曲がってしまうというものがありますが、その結果、壁にぶつかったり、骨折したりと痛い目にもあっています。毒舌キャラで反感を抱く人も、勝手に急いで勝手に痛い目に合うちさ子さんに、こりゃヤバいと笑ってしまうでしょう。
もちろんコンプライアンス的にも問題ありませんから、テレビ局も安心してちさ子さんを使えるのではないでしょうか。毒舌のえぐみを、せっかちの斬新さが上回ったと言えるでしょう。

そのせっかちさは分刻みのスケジュールでバイオリンに明け暮れたことが影響しているのでしょうが、家庭環境も無関係ではないでしょう。
ちさ子さんは自分の家族もテレビに公開しています。ご存じの方も多いでしょうが、ちさ子さんにはダウン症のお姉さんがいます。2019年8月15日放送『直撃!シンソウ坂上』(フジテレビ系)に出演したちさ子さんは、亡くなったお母さんに「みっちゃん(筆者注:お姉さんのこと)の面倒を見るために生んだ」「みっちゃんがいなかったら、生んでないから」と言われたそうです。お母さんはそれほどお姉さんが心配だったということでしょうが、この言葉は子どもにとっては「自分のために生きてはいけない」と言われるに等しい部分があります。
幸いにして、ちさ子さんはお姉さんの存在をバネにできる人だからよかったのですが、家族イコールみんな元気で仲良しという幻想に縛られて傷ついてきた人ほど、キラキラ星出身ながら、人に言えない苦労もしてきたであろうちさ子さんに共感を寄せたり、ちさ子さんもがんばっているんだからと勇気をもらっていると思うのです。
高嶋ちさ子は“家族”を支えている
『1周回って知らない話』(日本テレビ系)において、90歳をすぎたお父さんとお姉さん、ちさ子さんで、お父さん亡きあとのお姉さんの住む場所について、定期的に話し合っています。
お父さんとちさ子さんのお兄さんが話し合ったプランでは、月曜から木曜はちさ子さんのお宅、週末はお兄さんのお宅に暮らすのはどうかと提案していました。おそらく、お父さんはきょうだいのどちらか片方に負担をかけまいと思っての提案だったのでしょう。しかし、きょうだいとはいえ、すでに家庭を持っているわけで、そこにお姉さん1人が入って行くのは、お姉さんと家族、どちらにとっても負担なのではないでしょうか。
お父さんとお兄さんの男性陣が見落としているのは、義姉さんの負担です。きっと同居をイヤと言わない、優しいタイプの方なのでしょう。しかし、一緒に暮らしてもいいと今思っていても、実際に暮らしたらうまくいかない可能性はあります。失礼ながら、男性陣の計画には甘さがあると言わざるをえません。

ちさ子さんは冷静に「(お兄さんの家庭では)面倒見切れないよ」と同居の難しさを指摘します。話がまとまらず、お父さんは「その時になったら考えればいいんじゃないの?」と結論を先送りしようとしますが、ちさ子さんは「その時になって考えるっていうんじゃ、金銭的にも間に合わない」「タダじゃ住めないんだから、人の家に」と結論を出すのは早い方がいいと主張します。結論として「うちの近くに素敵なワンルームマンションを買ってあげて、そこに住む」と提案しています。
確かに近所であれば頻繁に様子を見に行けてお互い安心ですし、お姉さんにも自分の家族にも気苦労をかけない名案です。この話し合い1つとってみても、昔からお姉さんの問題にイニシアチブを取っててきぱき解決してきたのは、ちさ子さんなのではないかと思うのです。
売れっ子のちさ子さんならマンションを買うのは訳ないことでしょうが、そのためには、ちさ子さんが今の人気と仕事量を保たなくではなりません。コンサートのために練習をし、お弟子さんともいえる12人のヴァイオリニストの練習も見て、人気をキープするため拘束時間が長いと言われるテレビにも出て、週末はコンサートとそのための移動。高齢のお父さんとお姉さんの様子もチェックし、海外留学中の二人のお子さんたちの学校行事には必ず参加する。
こうやって考えてみると、ちさ子さんは支える家族が多すぎるし、忙しすぎるし、プレッシャーも大きい。1日は誰もが24時間なわけですから、やるべきことを能率的にこなさなくてはいけないわけで、そりゃ、せっかちにもなるだろうなぁと思うのです。
「ちさ子さん、ひとりで頑張りすぎていませんか?」
せっかちというのは性格と思われがちですが、心理学ではせっかちを不安や予期不安(こうなったらどうしようと不安に思うこと)の表れと解釈します。不安だから焦る、早く片付けて安心したいと思うから、せっかちになるのです。
ちさ子さんは2016年2月に東京新聞掲載のコラムに、お子さんがゲームの使用時間を破り、宿題も終わっていなかったことから、ゲーム機を手でバキバキ折ったと書いて大炎上しましたが、尋常じゃない怒りの底には「ゲームばっかりやっていたら、ヤバい子になってしまう」という不安があったのではないでしょうか。炎上には現代感覚の欠如などいろいろな理由がありますが、ちさ子さんの場合、不安が導火線となっているように思えてならないのです。

せっかちが不安の裏返しというのは単なる一般論で、ちさ子さんにあてはまると言うつもりはありません。しかし、2021年1月20日放送の『突然ですが、占ってもいいですか?』(フジテレビ系)において、ちさ子さんは自身で20年間心療内科に通っていることを明かしています。
そこから考えると、今回の「心療内科5軒回って論破」発言も、ちさ子さんがずっと体に不調をきたすほどのストレスを抱えており、それを心置きなく口にできるのは信頼するドクターがいて秘密も漏れない診察室の中だけで、ドクターもそれがわかっているから、あえて論破されてあげているという可能性もゼロではないと思うのです。
家族の問題は家族全員で解決すべきと思いますが、実際は娘一人が奮闘するということはよくあるそうです。ちさ子さん、ひとりで頑張りすぎていませんか? いつも元気なテレビの中の彼女にそう聞いてみたい気持ちになるのでした。
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」