月9ドラマ『5→9』でもお坊さんが主役。カフェやバーなど、現在のお坊さんブーム(?)に、ひと役買っているのが、24歳で突然お坊さんになった白川密成さんのエッセー。

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実際の栄福寺でお坊さんを演じた伊藤(配給:ファントム・フィルム(c)2015映画『ボクは坊さん。』製作委員会より)

“お坊さんあるある”や人生のヒントになるような話が映画『ボクは坊さん。』で映像化。その主演を務めたのが伊藤淳史。ドラマや映画にひっぱりだこの伊藤でも、まさか自分がお坊さんになる日が来るなんてことは……?

伊藤「思っていなかったですね~。なかなかないこととは思っていたからこそ、そういう役に挑戦してみたいって気持ちは逆に強くなるもので、いい経験をさせていただきました」

 特殊な職業を演じることに、戸惑いはなかったのだろうか。

伊藤「まず台本を読んだときに、当たり前だけど、お坊さんも人間なんだよな~って感じました。お坊さんも笑える経験をしたり、苦しんでいたり、お酒で失敗しちゃったり。生身の人間であることに、お坊さんの魅力を感じました。お坊さんって身近に思っていいんだと僕も発見になったし、その楽しさを表現できれば、この作品の面白さも広がると思いましたね」

 監督からOKが出ても、お坊さんである密成さんからはNGということも。なによりもやっぱり、お経が大変だったようで……。

伊藤「密成さんに最初の一文字からダメ出しされて、焦りました(笑い)。練習に練習を重ねて意気込んでいたんですけど、力が入りすぎていたようです。役者の仕事は気持ちを乗せて120%の表現というところにゴールを置いているところもあるんですけど、お経に関しては力を抜くというこれまでの芝居とは真逆のゴールが難しい作業でした。職業としてお坊さんをされている方がこの作品を見たとき所作を含めて嘘があったらいちばん悲しいことなので」

 一方で、撮影を見ていた密成さんは、自分自身の仕事を見つめるきっかけになったという。

密成さん「僕らも亡くなった方のために力を込めたくなりますけど、お経を唱えるというのは感情の起伏をできるだけなくした凛とした立場なので、そこを必死に取り組んでくれたのはうれしかったし、自己確認にもなりましたね。

 心が疲れている人が多いのは、気持ちを抜くことが苦手なのかもしれないですね。日常とはまったく違うものだし、気持ちを抜くって、普段あまりしませんが、生活の中では案外、大切だったりしますよね」

伊藤「そうもいかない日常があったりするんですけどね(笑い)」

映画化には、こんな気持ちもあるんだとか。

密成さん「仏教って生活の智慧になるんだけど、ちょっと堅苦しいイメージもあると思うんですよ。だから親しみやすいと感じてもらえる雰囲気づくりをしていきたいなと思います。平安時代の仏像とかは、その時代の現代アートですし、お寺の本来の姿に戻りたいというのが実はあるんです」

伊藤「お坊さんのバーやカフェ、バラエティー番組とかもあって最近流行っているので、時代もそういうものを求めているのかなって気もします。お坊さんの裏側だけではなく、生きることと死ぬことは誰にも1度は訪れる平等なことだと思うし、自分や大切な人のことを考える時代に。だからこそエンターテイメントとして、こういう映画を作るんだと感じました」

 生死など人の節目にかかわるお坊さん。どんな死生観を持っているのだろうか。

密成さん「お坊さんになった理由でもあるんですけど、生死を考え続けたいという気持ちがあります。自分はお坊さんの仕事を続けるうちに、今でも死に対する恐怖はあるけど、死というのは生きることとセットなんだなって。“死にたくない”って“生きたくない”ってことかもしれないとも思うんです。生きているからこそ、死も不自然なことではないんだなって思うようになりました」

お坊さんを演じた伊藤は、大切な人がいるから自分が存在できると改めて感じた。

「作品の中にもあるんですが、自分は自分ひとりで自分ではない、周りがあって初めてここにあるんだ、というのは本当にそうだなって思いました。当たり前だけど、自分ひとりじゃ生きられないし、大切な人のために頑張れる。繰り返される日常に嘘はないんだけど、それが奇跡的なことだと思うようになりましたね。周りに感謝するようになったし、きれいごとかもしれないけど、普通に生きているって、そんなに簡単なことじゃないのかなと思うようになりました」