脳脊髄液減少症
 頭痛や身体のダルさ、目のかすみ。「この程度なら病院に行かなくていいか……」「放っておけば治るだろう」なんて甘く見ていると、その陰には恐ろしい病気が隠されている可能性も。

 ちょっとした外傷や事故が原因で脳と脊髄を覆っている“髄液”が漏れ、さまざまな症状を引き起こす『脳脊髄液減少症』の恐怖。発症した患者の中には寝たきりになったり、死を考える人も少なくないという。

 静岡県に住む小澤明美さん(57)は、11年前に車の運転中、衝突事故に遭った。

「駐車場内での事故だったので、それほど大きなものではありませんでした。私の車が少しヘコんだ程度だったんです」(小澤さん)

 当時、看護師として働いていた小澤さんはほとんど痛みがなかったため、翌日も出勤。

「その日の勤務中からだんだんと手の痛みと脚のしびれが出てきました。そこで初めて診察を受けました。その時点では我慢できないほどの症状ではなかったんですが……」

 その後、小澤さんはさまざまな病院を転々とすることになる。症状は手足の痛み、しびれのほかに、立っているのがつらいほどの頭痛、めまい、耳鳴り、倦怠感などに広がっていた。

「頸椎ヘルニアと診断されて整形外科に通院しましたが、まったくよくならず、症状は悪化するばかりでした。“これだけ通ってよくならないなら精神的なもの”だと『うつ病』と言われ、精神科をすすめられたりもしました」

 病院をたらい回しにされていた小澤さんは、ある日、テレビで紹介されていた病気の症状が自分と似ていることに気がついた。番組に出演していた医師を訪ねると『脳脊髄液減少症』と診断された。そのとき、事故からはすでに3年が経過していた。

 一体、どのような病気なのか?

「脳と脊髄は、頭から腰にわたって硬膜という膜に覆われていて、その中には“脳脊髄液”が入っています。脳脊髄液減少症は、外傷などが原因で、この液体が漏れ出し、頭痛やめまいなどさまざまな症状を引き起こす疾患です」(山王病院脳神経外科・高橋浩一副部長)

 小澤さんのような交通事故のほか、日常生活で頭をぶつける、尻もちをつくといった比較的軽度な外傷で発症する場合もあるという。

「当院における脳脊髄液減少症の症例の3分の1はまったくの原因不明です。事故などの経験もないのに、ある日、症状が出て診断すると脳脊髄液減少症だったという人もいます」(高橋医師)

 この病気の怖さは身体的な症状だけではない。前出の小澤さんは闘病生活をこう話す。

「いま私は、症状が重く、ほとんど寝たきりです。診断から半年ほどで仕事も退職せざるをえませんでした。15年間在宅介護をしてきた母を看取って、子どもも大学を卒業し、これから自分の人生を楽しめる、そう思っていた矢先の事故でした。この病気がつらいのは、認知度が低いので、家族でも理解するのが難しいことです。外見的に体調の悪さがわかる病気ではないですし、日によって動けるときもあるので夫から“なんでお前はご飯を作れないんだ!”と怒られることもありました」

脳脊髄液減少症
 病気の理解に関しては、前出の高橋医師もこう話す。

「脳脊髄液減少症の認知度は医師の間でも低く、病院を受診しても原因がわからず、なかには門前払い同然に扱われる方もいます。また世間の認知度も当然低いので“だらしない”“なまけている”などと思われる方も少なくない」

 高橋医師によると、国内での発生率は、少なく見積もっても年間1万人ほど。左のチェックリストの項目に半分以上当てはまる場合は脳脊髄液減少症の可能性が。

「普通、脳は脳脊髄液の中に浮かんでいる状態ですが、脳脊髄液が減少すると、脳が下がってしまい、そのために神経や血管が引っ張られて、結果、痛みやしびれをはじめとするさまざまな症状が現れると考えられています」(高橋医師)