母が、妻が、認知症に侵され、暴言、暴力、異常行動を繰り返すように……。1度は絶望した2組の家族は、きれいごとではすまない介護の日々を送る。認知症患者と真正面から向き合うことがどれだけ大変か。仕事や生活とどう両立させているのか。

心身疲れ果てて自分も病気に。母の顔も見たくないつらい日々が続きました

 要介護3の母、沼野きよさん(仮名・87)との同居介護生活は’11年3月に始まった。

「約5年前に父が入院すると、母はひとり暮らしになり、昼夜問わず電話がかかってくるように。電話に気づかずかけ直すと、かけたのを忘れていることが多かった」

 母親の異変を、次女の紗弥加さん(仮名・58)はそう振り返る。介護職の夜勤として働き、昼間は母の介護。週1で手伝ってくれるのは、車で約15分のところに嫁いでいる四女の瑞穂さん(仮名・52)だ。長女は13歳のときに他界。三女と五女は、母の認知症の症状が悪化するにつれ実家を訪れなくなり、今年は正月も帰省しなかったという。

 実家に戻った紗弥加さんを襲ったのは「後悔」の2文字。

「自己中心の母は、思いどおりにならないと怒るんです。食器や仏壇の花を投げつけて壊したり、大声で“こんなに草が伸びとるのに、草引きもせん” “戻ってくれと頼みもせんのに、2階に居座っとる”などと言いたい放題でした」

もたつくことなくきよさんに服を着せる2人。介護職の経験と姉妹の絆が光る
もたつくことなくきよさんに服を着せる2人。介護職の経験と姉妹の絆が光る

 同居3か月後、ストレス性のじんましんが、全身を覆う。顔も見たくない、声も聞きたくない、家に戻りたくない……精神的にヘトヘト。母は変わらない。それならば、と自分の考えを変えることにした。

「“親だし、高齢だし、できる限りやってあげよう”から“できることだけやろう”という発想に。月1回以上は“休介日”を作り、友人とカラオケやバイキングに行ったり、通信講座で勉強して気分転換。母とかかわる時間を決め、うまく逃げるようにしました」

 プロならではの切り替え。かかわり方を変えることで、共倒れの危機を脱した。

 きよさんの介護は’12年2月、雪かき中に転んで歩けない状態になってから本格的に。翌年9月、夫が他界したが、

「母は電気ポットの使い方や父の死まで忘れました。トイレットペーパーとティッシュペーパーの区別がつかなくなり、ポータブルトイレはゴミ箱がわりに。ごはんやおかずの残り、みかんの皮、カップラーメンまで何でも投げるんです」と紗弥加さん。

 さらに瑞穂さんによると、

「タンスの引き出しを全部広げて服をまき散らしたり、玄関のガラス戸をゴルフのパターで叩き割ったり、庭を徘徊しながら“殺される!”と叫んだり……。お皿の上に便を乗せていたこともありました」

きよさんは昨年10月末から食欲が低下したが徐々に回復。節分には太めの巻き寿司も食べきった
きよさんは昨年10月末から食欲が低下したが徐々に回復。節分には太めの巻き寿司も食べきった

介護のプロでも、在宅は限りがないのでストレスがたまりやすい

 昨年末から、寝かせきりの状態になり、「オムツ替えと食事の準備と掃除などの家事をするだけ。介護が楽になった」

 尿、便漏れ対策のために、簡単にボタンが開けられないつなぎ服を利用したことで、衣類、シーツ、布団が汚れることがなくなり、介護負担も大幅に軽減された。

 取材におじゃました日の昼食は、大根入りのおかゆ、かぶの煮物、さつまあげ、お茶。食材は食べやすいように小さく、やわらかくという工夫がされている。きよさんは「うまいな」と言いながら、お箸を使って平らげる。

 瑞穂さんがやって来た日は、入浴の連携プレーが始まる。

 ベッドを低くし、畳にタオルを敷きその上に座らせ、部屋の端まで引っ張って移動。姉妹2人がかりでタオルの端と端を持ち、風呂場へ。服を脱がせ瑞穂さんが身体を洗っている間に、紗弥加さんが洋服を漂白剤につけて洗濯の準備をする。さらに、ベッドのシーツも替え、掃除機をかける。その手際のいいこと!

入浴させるため母をタオルに乗せ姉妹2人がかりで運ぶ
入浴させるため母をタオルに乗せ姉妹2人がかりで運ぶ

「あ~気持ちいい。何ともいえん気持ちや。(そろそろ出るよと声がかかっても、)まだあかん。もう1回入らせて」

 そう言いながらきよさんは、ちょっとした長風呂を楽しむ。

 さっぱりした表情の風呂上がり。興が乗ったのか、♪う~しろ~は、や~まで、よ~いよ~いとまかしょ~♪といい調子で歌い上げる。村の盆踊りの曲。きよさんは歌い手代表を務めていた。きよさんは子ども時代、独身時代の記憶力が抜群で、昔の曲もそらで歌えるという。

 受け答えもしっかりしていて、認知症だということを忘れてしまいそうになるが、5分おきくらいに、窓の外を見て「雪、降ったんやろか」。

 お風呂は気持ちよかったですか? と記者が尋ねると「わからん」。たびたび「もう限界や、はよ死にたい」と繰り返す。症状は深く刻まれていた。

 記者に何度も「誰?」と尋ねてきたが、別れ際には「よう来たな。横山さんね。気をつけて帰ってよ」と、何度伝えても聞き返されていた名前がさらりと口に出る。不思議。

湯船で温まるきよさん。入る前は渋っていたが「気持ちいい~」とご満悦
湯船で温まるきよさん。入る前は渋っていたが「気持ちいい~」とご満悦

 介護のプロの紗弥加さんでも、在宅は限りがないのでストレスがたまりやすいという。

「少しずつ親を看る前の生活に戻していくことが大切です。ベッタリしすぎない。共倒れが一番怖いですから。先回りしてすべてをやってあげるより、本人ができることはやらせるようにしてあげたほうがいいと思います」

 きよさんと2人の娘による在宅介護生活は今年、4年目の春を迎える。

「春になったら、冥土の土産に花見や食事など、外に連れ出そうと四女と話しているんです。今はとっても楽々介護をしています」

 

◆   ◆   ◆

 介護に完璧を求めては、無理がたたる。頑張りすぎないことが大事だ。見返りを求めず愛情をそそぎ周囲の協力を得てゆっくりと歩む。生き地獄を照らす光を、家族たちは見つけていた。