リンゴの皮むきや缶切り、タオル絞り、おにぎりを握るなど、ごく簡単な作業ができる小学生が20年間で著しく減少していることが、今年5月に象印マホービンが行った調査でわかった。できない子が1人いた! というレベルではなく、できる子の割合が10%前後の項目も。なぜこんなことになったのか? どんな弊害が生まれるのか―
イマドキの小学生はマッチが擦れない、缶切りで缶詰を開けられない、タオルが絞れないという。手先が不器用になったのかと心配になるが、どうやらそうではなさそう。
象印マホービンが先ごろ実施した『イマドキ小学生の生活体験に関する調査』によると、マッチで火をつけることが「できる」子が18・1%、「できない」子が13・1%いた。できない子と、親が「やらせたことがない」という子を合わせると、80%以上がマッチを使えないことになる。
1995年に実施した同様の調査では、マッチを使える小学生は58・9%だった。
当時と今、生活様式は大きく変わり、大人でも「最近、いつマッチを擦ったかな」と思い出せない人も多いのでは。ボタンひとつでお風呂が沸き、キッチンはIHヒーターが普及している……。家の中で、火さえ見ない生活が当たり前になりつつある。
教育評論家の親野智可等(おやの・ちから)先生は、
「こういう結果になって当たり前かな、と。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
と自然に受け止め、
「理科の授業でアルコールを使う時など点火棒で火をつけることが多いので、使う必要がなくなりつつあるんです。ひとりで生きていく際に必要か、不必要かに分けて考えることが重要。リンゴの皮むきやタオル絞り、おむすび握りなどは必要ですが、マッチや缶切り、ノコギリを使ったり釘を打つことは、あまり必要ありません。タオルに関しては、絞り方すら知らない子も多いですね。タオルを丸くしてギューッと押しつける。もしくは鉄棒を持つように上から順手で持ち、握るように絞ろうとします。どれが必要か不必要か区別をつけ、今でも必要な技術に関しては対策することが大切です」
と生活環境に適したことができれば大丈夫と訴える。
「さまざまな動作に関して実技調査を続けてきた」という目白大学名誉教授の谷田貝公昭(やたがい・まさあき)先生は、象印マホービンの調査結果以上に、“できない子どもが増えている”実態を目の当たりにしてきた。
「包丁でリンゴをむける小学生は、実際は10%もいないですね。親がやらせていないからです。缶切りに関しては、今はプルトップが多いにしても、約30年前でもできる人はほとんどいませんでした。マッチはおろか、ライターまで使えない子も多い。竹刀を持つように縦に握り、わきを締めて正しくタオルを絞れる子は(象印マホービンの調査結果ほど)多くない。箸の持ち方も、“正しく使える”と答える子は小学6年だと7割近くいますが、実際使えているのは1割のみです。この数十年間で、先行の研究があるもののうち今の子どものほうがよくなっているものは、何ひとつありません」
生卵の割り方がわからず転がすだけの子や、おにぎりを握る際、袋にご飯を入れてブンブン振り回して遠心力で丸めようとする子もいるという。
子どものころに使えなかった道具は、成人したからといって使えるようにはならない。前出・谷田貝先生は、想像を絶する“イマドキの大学生”を数多く見てきたという。
「米がとげない子も多いですね。ひとり暮らしを始めた大学生が友人に“どうして泡が消えないんだ”と電話で相談したところ、後からその学生は洗剤を使って洗米していたことが発覚したという事例も。箸の持ち方は、大人になってからでは直せません。親が子の使い方をよく見ていないか、親も使い方がわかっていないかのどちらかです。鉛筆の持ち方は、大学生でも正しく持てるのは1割程度。正しい持ち方ができていないのは、教育、しつけの手抜きの表れです。矯正道具などに頼らず、両親が時間とエネルギーを使い教えていかなければなりません」
基本を誰にも指導されない。加えて自ら試行錯誤して体験することがなければ当然、子どもは何も身につけない。
「電車に乗っている人を注視すると、靴ひもを蝶結びできていない人は多いし、エプロンを後ろでうまく結べる人も少ない。顔を洗うにも、洗面器から両手で水を結ぶ(すくう)ことができる子が少ない。シャワーから出た水を手に取って顔にバシャッとつけるだけ。両手で水を結べるのは人間だけなのに、サルと同じ子が増えてしまっている」
と谷田貝先生は嘆く。一方で、改善策として、直接体験を増やすことの大切さを訴える。
「現代っ子は遊びや仕事、野外活動などを通した直接体験で得られる体験的知識が貧弱になっています。家事を何でもやらせてください。家事は全部、直接体験ですから。子どもは自分の五感を使って物や人に働きかける過程で判断力や注意力、思考力を養い、深みと自信のある人間に成長していくのです。今のままでは、大災害が起きた時に生き抜ける子はほとんどいないと思いますよ」
子どものために世話を焼きすぎることが、子どもの体験機会を奪っていることを親がまず自覚する必要がある。