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 『アメトーーク!』で大久保佳代子の登場テーマ曲として使用されるなど、バラエティー番組でフィーチャーされ、代表曲『後ろから前から』がリバイバル人気となっている畑中葉子。昨年は多くのテレビ番組に出演。’10年に芸能界に復帰してからは年々、その注目度が増している。そんな彼女が今まで明らかにしなかった家庭内の修羅場を本誌だけに赤裸々に語ってくれた。

「私の家庭生活は10年以上もどん底だったんです……」

 そう話すのは、’78 年に『カナダからの手紙』でデビューし、一躍スターの仲間入りをした畑中葉子。その後、20歳で結婚するも、たった1年で離婚。’91 年1月に31歳で再婚すると、同年10月に女の子を出産。その2年後には男の子も授かった。結婚を機に芸能界の一線から身を引いた畑中は、4人家族の主婦として幸せな家庭生活を送っていると思われていたが……。

「娘が中学1年生の1学期に、担任の先生から突然、学校のカウンセラーに会ってくださいと言われたんです。なんで会わなきゃいけないのと断ったんですが、娘は風邪薬を大量に飲んだりと、様子がおかしくなってしまうことがあった。そしてカウンセラーに会うんですが、そうしたら、“子どもを亡くすか、学校に来させないか、どちらか選んでください”って言われたんです」

 カウンセラーから告げられた衝撃的な内容に、畑中は目の前が真っ暗になったという。そして、その日から学校に行かなくてもいいと話すと、娘はその場に泣き崩れたのだ。

「長い間、娘は無理をしていたことに、私は気づいてなかったんです。振り返ってみると、娘は幼稚園に行きたがらないし、小学校も校門までは行くんですが、入れなくて、叱って無理やり中に連れて行くことがあった。娘の資質に気づいてなかったんですね」

 中学1年生の夏から娘の不登校生活が始まった。それは、畑中の長く苦しい“意識改革”のスタートでもあった。

「私は不登校が悪いと思っていましたし、そういうふうに教育されてきました。そんな考え方を根本から変えるのはとても厳しくつらいことなんです。カウンセラーからは、娘には何も言わない、何もしないでくださいって言われました。親が子どもに何も言わないって、すごくつらいんです。娘は夜になると散歩に行くんです。私は不安ですけど、何も言えない。なので、彼女は昼夜逆転の生活。好きなときに寝て、好きなときに起き、好きな時に食事をするという生活でしたね」

 娘に何も言わない自分に対して葛藤の繰り返しだったという。

「この子はずっと家に引きこもるのだろうか。社会に適合できないのではないかと思うと不安で不安で……。円形脱毛症になったり、めまいで倒れてしまうこともありました」