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デビュー直後の久保田利伸。’86 年発表の『流星のサドル』が大ヒット


「久保田さんは今、静岡県にある実家の八百屋さんを継いで、社長になっているそうですよ」(音楽業界関係者)

 ’96 年に放送されたドラマ『ロングバケーション』(フジテレビ系)の主題歌『LA・LA・LA LOVE SONG』などで知られる久保田利伸。

「実家の両親が八百屋さんを営んでいるというだけであって、久保田さんのように、"継ぐ"という例は珍しいですね」(前出・音楽業界関係者)

 日本のソウルミュージックの"レジェンド"というべき彼が、まさかの転職、あるいはアーティスト活動をしながら、青果店で野菜を売ったりするようになるのだろうか。

 本人に話を聞けたらと、東京にある自宅を訪ねてみると、お手伝いさんだという女性がインターホン越しに、

「久保田サンはいらっしゃらないです。奥サマもいないんです。今は出て行っています。スイマセン」

と、カタコトの日本語で対応。近所での聞き込みでも、

「アメリカに住んでるんじゃないですか? 奥さんにも会いませんし」(近所の男性)

といった声が。そう、久保田は’93年からニューヨークに拠点を移し、ここ数年も1年の半分近くは日本を留守にしている。

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久保田が代表取締役を務める静岡にある実家の八百屋さん『M』


 そこで本誌は、静岡県内の実家へ。3月中旬、店先にいた久保田の両親に直撃することができた。話してくれたのは母親だ。まず、社長交代の理由を聞いてみると、

「主人も高齢になって、耳が遠くなってきて、今ではひとりで外出できない状態なんです。今日は店に出て動いていますけども、いつもは早めに横になって寝ています。そういった経緯で、息子に頼んでいます」

 ただし、経営には「全然関係していない」として、

「娘たちは嫁いで家にいないので、息子以外に頼る人がいないんですよ。家庭内の事情があったとか、いっさいないですから」

 笑顔を見せながらも、慎重に言葉を選んでいる印象だ。

「経営状況がよくない、とかでもないです。私がちゃんと継続させておりますので。本当はね、私も病気があるのでやめたいんですが、主人が生まれながらにしてやってきた商売ですから、それで残したいという気持ちなんです」

 最近、久保田が帰ってきたのは今年の正月。店にはあちこちに彼のポスターが貼られており、

「息子は"貼るんじゃない"と言うんですけど、主人がお友達からこんなポスターあるんだよって見せられて"そうなんかー"と言いながら、また貼るんです」

 そして「あれは、24年前のポスターかな。あちらは直筆サインですね」などと教えてくれた。しかし、

「写真は撮らせちゃダメなんです。それをさせちゃうと、息子に怒られちゃうんで」

と、苦笑い。別れ際には、

「やっぱり聴いてくださる、買ってくださる、応援してくださる、コンサートに行ってくださる、そういう人たちがいて、息子があると思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします」

 売り物のみかん6個と菓子パン2個を手土産にくれた。

 こうしてみると、久保田は"名前だけの社長"のようだが……。企業法務に詳しい太田真也弁護士は「よくあること」だとして、こう解説する。

「従業員がお店を回していく分には問題ないですし、メリットがあるとすれば税金対策。親族に継承したほうが、ある程度の優遇措置があるんです。あとは長年、親族でやってきた家業をほかの人には渡したくないというところでしょうか。また、有名人だとお金の融資が受けやすいですね。ただ、会社の借金がある場合は、それを背負うというデメリットもあるでしょう」

 所属事務所に問い合わせてみても、こんな回答が。

「確かに、久保田が代表取締役を務めています。ご両親がご高齢になってきているため、会社の負担を久保田が担っている状態でございます」