生活健忘症
逮捕後の鈴木太郎(仮名)。長髪に浅黒い肌が特徴的(「ANN系ニュース」より)

 生活保護を不正受給し、FC2動画への違法アップロードで荒稼ぎ。ところが、詐欺と著作権違法の罪に問われたのは記憶喪失の男。違法性の認識はありながらも、「自分がどこの誰かわからず、捜査されたかった」と語った彼が抱えていたのは『全生活史健忘』という病だった。一体どんな病なのだろう。

 兵庫・神戸市の「福本認知脳神経内科」の福本潤院長は、

「自分の人生を、すっぽり忘れてしまう病気です。突然、名前や生まれ育った場所、両親・きょうだいの名前、自分の仕事など、生活歴を全部忘れてしまう非常に珍しい病気ですね。20代、30代の若年層に患者が多く、これまで日本で報告された病例は、約70人前後です」

 と説明する。同病院では現在、同病の患者10数人が、治療を受けているという。

『仮名・鈴木太郎』の犯罪が明るみに出た際、インターネットでは"ウソ=詐病説"が流布されたが、福本院長によれば、

「機能低下を起こしている脳内3か所を、きちんとした医療機関で検査すれば、ウソは確実に見抜くことができる」

 という。発症の原因として考えられることは、

「事故による外傷的ショックのほか、職場でのパワハラ、離婚、身内の死、虐待など、心的ストレスが原因である場合もあります」

 と福本院長。続けて、

「通常なら、気分が落ち込んでうつ状態になるのですが、その段階を踏まずにダイレクトに記憶が損傷し、記憶喪失になるということです」

 そもそも昔のことを忘れているので、半数は原因不明のまま通院しているという。

「軽度であれば、日常生活の知識は残るので、普通に生活することもできるでしょう」

 と比較的軽い症状もあり、『仮名・鈴木太郎』のケースはこれに当てはまる。ところが重い症状の場合もある。

「重症の場合、1日の記憶は短期的に覚えていても、1度寝てしまうと、前日のことは全部忘れています。つまり、毎朝、記憶が真っ白な状態でスタートするということです。昔のことはもちろん、新しい記憶も積み重ねることができない。一過性ではなく、症状が継続することが特徴で、記憶が数年後に戻る人もいれば、一生戻らない人もいます」(福本院長)

記憶喪失

 脳内に刺激を与え、神経細胞を活性化させる治療法があるというが、症例が少ないため『全生活史健忘』の実態は、十分に把握されていないのが現状。とはいえ、ストレス社会における記憶障害は、対岸の火事ではなく、いつわが身に降りかかってもおかしくない。福本院長は、

「一般的に最も多い記憶障害は、『解離性健忘』。ストレスが原因で、嫌なことを忘れようとするときの防衛機能として、その出来事以降の記憶が抜ける状態をいいます。世代にかかわらず誰でも発症の可能性があります。中高年の女性に多く見られるのは『一過性全健忘』。温泉やプール、水仕事など〝水〟に関わった後、数時間の記憶がストンと抜けてしまいます。詳しい原因は解明されていません」