狸が化け、天狗と人間を巻き込んだ壮大な物語
舞台は京都。そこには狸と天狗と人間が住み、お互いに化かし合い、すったもんだを繰り広げている……。そんな世界を描く『有頂天家族』シリーズの第二部が、前作の刊行から7年半の時を超えて完成!
「紆余曲折がありまして……。あんまり続きが出ないもんだから、第一部だけで終わってるんだと思ってる人や、これはもう無理なんだろうと諦めの境地の方も結構いらっしゃったんじゃないかと思うんですけど」と笑う森見さんですが、第一部からの読者から、アニメや舞台を楽しんだ方まで、みんな待ち望んでおりました!
森見さんが学生時代に住んでいた京都の住宅地で狸を目撃したことからアイデアを得たこと、そして小説家としてデビューしたころから「お話がグイグイ進んでいって、大がかりなクライマックスがやってきて、泣かせる人情話的なものも入っている、そういう王道の物語をいっぺん書いてみないといかんな」という思いから書かれたという『有頂天家族』。
第二部は、前作でチラッと触れられていた、天狗の後継者である二代目が百年ぶりに英国から日本へ帰国するところから始まります。
狸の名門であり、下鴨神社の糺の森に住む下鴨家。その四兄弟の三男・矢三郎は、家訓である“面白きことはよきことなり”を実践し、天狗や人間を巻き込む騒動を引き起こしたりして楽しく暮らす若い狸。
その師である隠居の天狗・赤玉先生、先生から愛情と薫陶を受ける美しい女性・弁天、下鴨家の仇敵である夷川家、偉大なる下鴨家の父を狸鍋にして食べた人間の集まり「金曜倶楽部」、鞍馬山に住む天狗など、第一部の登場人物に加え新キャラが多数登場します。
そこに、愛した女性をめぐって赤玉先生と壮絶な闘いを繰り広げた二代目の思惑や、あちこちで勃発する不穏な動き、さらには狸の恋の行方なども絡まって、登場人物は右往左往、京都の街はてんやわんや、前作を上回る大騒動が勃発します!
しかし、続編執筆には相当な苦闘があったそうです。
「こういうふうなお話にしなきゃいけない、って前もって決めつけてしまって、書き始めて行き詰まるというのが何回かあって……。ちょっと考えすぎてしまったんですね。比較的無難な展開を選ぼうとへっぴり腰になってる自分を押しのけて、とりあえずもうやってまえ、多少の矛盾とかには目をつぶるから、もう最後はグッチャグチャにしてやれ! ということになかなかゴーサインを出せなかったんです。
でも無茶苦茶な方向へ持っていかないと、第一部みたいなエネルギーは出ないし、前作を超えられない。それをなんとか出すっていうのが難しかったですね。ただ第一部で広げた風呂敷を、第二部で引き継ぎつつ、結局もっと広げてもうた、という感じで。第二部がこんな壮大なスケールになってしまったんで、第三部を書き終えた時には燃え尽きてるんじゃないか、と今から心配です(笑い)」
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事実は小説よりも奇? 森見さんも化かされた!?
本作執筆中、参考のために京都市動物園に狸を見に行った森見さん。なんとも不思議な出来事があったそうです。
「ちょうど改築中かなんかで、園内がゴタゴタしていたので、園の人に場所を聞いて見に行ったんですけど、どこにも狸がいないんです。もしかしたらその人は狸で、僕は化かされたのかもしれないですね」
また下鴨家が住む糺の森には本当に狸が住んでいるそうなのですが、森見さんはそんなことを全く知らずに書いていたんだとか。
「お話の中で起きてる出来事は無茶苦茶なんですけど、京都の街の位置関係だけは忠実に書いています。観光や人が暮らしている範囲で見えるものが基本になっているので、普通に京都をブラブラッとしたら見える場所、行ける場所が出てきます。なので地図などを見ながら読むと、より楽しんでもらえると思います」
赤玉先生の跡目を狙う弁天は二代目に戦いを挑んでいくことになりますが、実はその裏にはある秘密があったり、金曜倶楽部の手先となる天満屋という不気味なキャラも登場するなど、今回も息をもつかせない展開なのですが、ほのぼのした狸の恋愛模様や、ジーンとくる家族愛も描かれます。
そして本書は470ページ、実測値約3.5センチ(!)というなかなかの厚さですが、物語の面白さと世界観、独特のリズムに引き込まれ、読めばフサフサフワフワな毛深きものたちが愛おしくなることでしょう。
「ひとつひとつの話がつながって、だんだん大きな物語になるので、厚さにひるまず、気楽に読んでいただければいいなと。狸の恋愛は、昨今の小説では考えられないようなシンプルな恋愛模様です。また、家族に対する気持ちも、表には出さないで秘めてたりもするんですけど、そこにある感情とか愛情もシンプルで、複雑さはないので、そういうところも楽しんでもらえたら。たぶん第三部が出るまでだいぶ時間がかかりますんで、そんなに急がずに、第一部と一緒に、ゆっくり読んでもらえれば(笑い)」
(取材・文/成田 全)
■〈追記〉著者の素顔
下鴨家四兄弟の母の実家という設定の、京都・瓜生山の麓にある狸谷山不動院。
「真夏に汗をダラダラ流しながら取材に行きました。あそこは不思議な空間で、門のところやあちこちに焼き物の狸がびっしり置かれてるんですよ。ほかには七福神の像があったりして、『有頂天家族』の世界っぽい、謎めいた場所なんです。一般の観光コースからは離れていて、石段が250段もあったりと、たどり着くのがちょっと大変な場所なんですけど、オススメです」