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父母の口論は最悪の結末を招いた。家を飛び出すように出て行った母親の留守中、息子は父親の腹部を刃物で刺し、約1時間半後に死亡が確認された。夫を亡くし、逮捕された息子の身を案じる母親を直撃すると―。

 

 事件は6月18日午後8時半ごろ、東京都府中市日鋼町の巨大な団地内で起きた。父・光二さん(58)を刺したとする傷害容疑で現行犯逮捕された五月女旬容疑者(32)の母親を自宅前で直撃した。

─事件について話を聞かせてください。

「ダメです。ダメです。何もお話しすることはないので、お引き取りください」

 事件から約1週間。外出先から自転車で帰宅した母親は6月24日、光二さんの香典返しとみられる荷物を抱えていた。小柄で少しふくよか。メガネの奥の目は、悲劇の渦中にあるとは思えないほど落ち着いていた。事情聴取や葬儀の手配、血痕の掃除……。この1週間、やるべきことをこなすことだけで頭はいっぱいだったろう。

 きっかけは夫婦喧嘩だった。光二さんの言葉に怒った母親は家を飛び出した。およそ20〜30分後、冷静さを取り戻した母親が帰宅して目の当たりにしたものは……。

 刃渡り約13センチの果物ナイフが腹部に刺さり、血を流して倒れている夫。そして、Tシャツに返り血を浴びた長男というおぞましい光景だった。

 母親は、

「長男が夫を刺した」

 と119番通報。しかし、光二さんは救急搬送先の病院で約1時間半後に亡くなった。

 旬容疑者は、警視庁府中署の調べに対し、

「刺したことに間違いはありません」

 と容疑を認めている。

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惨劇の後始末を終えた母親は何を思うのか

 

 五月女家はどのような家族なのか。団地の同じ棟に住む男性は「事件には驚いた」として次のように話す。

「両親と息子さんの3人家族です。挨拶を交わすぐらいのお付き合いですが、ご主人は会社員で、奥さんはお弁当屋さんでパート勤務していると聞きました。息子さんが働いているようすはありません。息子さんはいっさい会話できないんです。手話ができれば別なんでしょうが、私は手話ができないので」

 近隣住民らによると、旬容疑者は耳が聴こえず、しゃべることもできない。つまり、ろうあ者という。踏み込んだコミュニケーションをとるのは難しいものの、評判は悪くない。

「私たちが外でおしゃべりしていると、よくそばを通るんです。"こんにちは"と声をかけると、言葉にならなくても、いつもニコニコ笑って応えてくれて。ものすごくいい青年なのに、何があったのか。とても残念です」と近所の主婦。

 旬容疑者は身長170センチ前後の中肉中背。目立って筋肉質というわけでもなく、まだ50代の父親を圧倒的に組み伏せる力はなかったとみられる。

 別の主婦も、「実年齢より若いというか、子どもっぽく見えてねぇ……」と素顔と犯行がどうにも結びつかない様子だった。事件当夜、何があったのか。母親が家を飛び出すほど怒ったのにはワケがあった。

「父親が"あいつ(旬容疑者)とは一緒に住みたくない"と言ったらしく、それが夫婦ゲンカの要因でもあったようです。父子は日ごろから別室で過ごし、顔を合わさないなどコミュニケーション不足だった」(捜査関係者)

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慎重に調べる警視庁府中署

 父親と息子が対立することは決して珍しくない。しかし、父親がわが子を「あいつ」呼ばわりし、「一緒に住みたくない」と言い切るのは穏やかではない。母親が取り乱したのも無理はないだろう。

 ある福祉関係者は「ろうあ者の親が子どものことで大喧嘩するケースは少なくない」として次のように説明する。

「一般的に、父親と比べて母親のほうがいつもそばで見ているぶん、子どものことをよくわかっている。責任感が強く、苦労も絶えません。ネグレクト(育児放棄)や、精神的な疾患に陥ってしまう母親もいるほど。日々そんなプレッシャーがかかっていることを理解してあげられないと、夫婦は衝突してしまう」

 例えば、父親が会社勤めで母親が専業主婦の場合、父親が子どもと接する時間は母親に遠く及ばない。父親はコミュニケーション不足などから、子どもの微妙な仕草や表情、考えていることがよくわからないことがあるという。

「容疑者は耳が聞こえなくても、その夜、両親がどんなことで喧嘩しているのか察知したのではないか。表情や雰囲気でわかったはず。おそらく、初めてではなかったでしょうから。嫌悪感のようなものが積もりに積もっての犯行だったのではないか」(同関係者)

 団地住人らによると、1966年に分譲された同団地は32棟約720世帯が入居。お年寄り世帯が多く、最近は、住人がオーナーになって賃貸する部屋や空き部屋も多くなっているという。

「新しい住人が増えてきました。間取りはだいたい3DKで、分譲は現在の価値で約1500万円、賃貸は月7万円程度です」(団地の住民)

 古い集合住宅に住んでいる場合、同年代の子どもの保護者は学校行事などで知り合い、家庭同士の付き合いに発展することも多い。しかし、団地の入居者の入れ替えは激しく、「息子さんはたしか特別支援学校に通っていたはず」(前出の主婦)という。

 団地内で、事件前の家族の様子を詳しく語ることのできる住人に話を聞くことはできなかった。夫を失い、長男を連行された母親はたったひとりで暮らす。洗濯物や布団干しを黙々とこなしている。

 捜査当局は、手話通訳などを介して殺意の有無などを慎重に調べ、傷害致死か殺人に容疑を切り替えて送検する見通し。旬容疑者が罪を償い、再び母子で生活を始める日が来ることを祈りたい。

 


〈取材・文/フリーライター山嵜信明〉