団塊の世代が65歳以上の仲間入りをした今年、国民の4人に1人が高齢者に。医療需要がひっ迫するのに対し、医師不足は深刻化の一途をたどっている。医師数がワースト1位の埼玉県を含む東京圏は危険水域。被災地をはじめ地方でも、地域でたったひとつの病院さえ消えてしまった"医療空白地帯"が目立つ。

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『安保法制に反対する医療福祉関係者のつどい』で訴える医療者ら

 そんな厳しい現状に安全保障関連法制が追い打ちをかける。これを危惧する医師、看護師らが集会を開き、いっせいに声をあげ始めた。

「はじめは自衛隊の医官。それから防衛医科大学校の医師、看護師が続き、最終的には民間の医療関係者まで『徴用』される恐れがあります」

と話すのはNPO法人『医療制度研究会』副理事で外科医の本田宏医師。民間人に国が業務従事命令を出して強制的に戦地へ動員する、つまり徴用すれば、国内の医療が疲弊するリスクは避けられない。

「救急車の"たらい回し"、地域の医療格差など、すでに問題とされていることはすべて状況が悪化するでしょう。さらに有事ということで、普通の人、ハンディキャップのある人、軍人のなかで優先順位がつけられて、受けられる医療サービスが制限されてしまう危険性もある」

 安保法制の柱のひとつである『武力攻撃事態法』の改正案には、こう記されていた。

《指定公共機関は、国及び地方公共団体その他の機関と相互に協力し、武力攻撃事態等への対処に関し、その業務について、必要な措置を実施する責務を有する》

 日本が他国から攻撃された場合はもちろん、他国が攻撃されたことにより日本の存立危機に陥ったと政府が判断したときにも、自衛隊や他国軍へ協力しなければならないという内容。国民にも同様の協力が義務づけられている。

 冒頭の指定公共機関には、国立病院機構をはじめとする独立行政法人、日本銀行、日本赤十字社、NHK、JR各社、電気、ガス、通信事業者などが該当。ただし、

「政府が公益的と認定すればいくらでも広がります」

 と危惧するのは赤十字病院の看護師・五十嵐真理子さん。

「戦争は傷病者の治療体制を抜きにはできません。戦争になれば、民間の医療機関や医師、看護師も自衛隊の軍事医療組織に組み込まれて徴用されます。治療に必要な薬品や血液製剤などの保管命令が出されれば、必要な患者への治療ができなくなり、傷病兵を受け入れるために病院から一般患者を追い出すことにもなります。現在の医療体制の崩壊をもたらすことは明白です」

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イラク戦争では、PKO法に基づき派遣された航空自衛隊の活動の大半が、多国籍軍の兵員・物資の輸送だったことが防衛省の情報開示で明らかになっている

 徴用の恐れがあるのは医療関係者だけに限らない。憲法問題に詳しい太田啓子弁護士によると、

「イラク戦争のとき、トラックの運転手が高収入の求人を見つけて、よく確認すると、イラクでの物資運搬だったということが実際にあったそうです」

 まず物資の補給回路を断つことが、戦争では定石。当然、危険にさらされる。

「生活のためにやらなければならない貧しい人が危険な目に遭う。"戦争は最大の貧困ビジネス"という言葉があるけれど、本当にそのとおりだと思います。しかも民間人の徴用は、もし亡くなったとしても、戦死者としてカウントされません。まるで自己責任で行ったかのように見えてしまうところが問題です」

 軍が担っていた業務を民間人や民間企業が肩代わりする"戦争の民営化"は、いまや世界の潮流だ。

「医療・通信・運輸に関しては今後、民間人が戦地に行くということも広がるのではないかと思っています」