■「夢」のサロンに集う3人の女
その隠れ家サロンがあるのは、東京・表参道。女たちはシルクのシーツにくるまり、アロマの香りに満たされながら、美しい男が見せてくれる温かな夢で癒される──。
リアルな性を交えた恋愛エッセーや小説で、絶大な人気を誇るLiLyさんの最新作『眠りの部屋』は、読み進むうちに、さまざまな年代や立場の女性たちの欲望や悲しみ、喜びを浮き彫りにしていきます。
「私自身、原稿と育児で大変すぎて、慢性的な睡眠不足だった時期があるんです。子どもは可愛いし、仕事だって面白い。でも、甘えベタで、“息抜きしたいから、子どもをちょっと見てて。カラオケ行ってくるね!”なんて、母親としては絶対に言ってはいけないことだと思っていて」
遊びたいではなくて“眠りたい”と祈るように思ったといいます。
「つらい現実から逃げたいんだけど、死ぬなんて無責任なことはできない。死ぬことなく逃げるには、眠るしかないんです。素敵な夢を見ながら、眠りたいなと思っていました」
そんな中で、依頼されたのが「明晰夢」をテーマにした小説。偶然に驚くと同時に、極上の男が極上の眠りを提供する設定が、すぐに浮かんだといいます。
「3か月半というタイトなスケジュールで書いた本なのですが、自分の人生とシンクロして前進していく感覚があり、一生、忘れられない小説になりました」
物語は、主人公のサロン経営者・童夢と、タイプの違う3人の女性たちが進めていきます。30代前半の花は、ひとり娘のスミレを抱えたシングルマザーで、知性はあっても浮世離れした童夢を、サロン経営とプライベート、両方で支えています。20代半ばの千夏は、壮絶な家庭環境から抜け出すために、愛され、守られて育った学歴のいい男との結婚をほぼ手中に収めるところ。そして、千夏の相手の母親である60代の愛美は、暴走した母性にのみ込まれつつあります。
「登場人物はみんな、闇を持っていて、書いていて引きずられそうになることも。特に、愛美は強烈ですよね。息子の婚約者である千夏が気に入らないからといって、イヤらしい合成映像は作るわ、あらゆることをやる(笑い)。ただ、わが子を愛する親なら、誰しもが愛美に共感する部分はあるはず。愛情って、時に怖いです」
■母性は諸刃の剣になりえる
「母の愛」は「眠り」に次ぐ、本作のテーマのひとつ。誰もが子を持つ前は、理性的な育児を望むものですが、生まれたとたんに豹変する可能性を、LiLyさんは感じているそう。
「私は振り幅が大きいタイプなので、生きていく中で、自分の欲望に忠実になると社会的には批判される、という場面が多かった。でもお母さんになったとたん、子どもを底抜けに愛すれば愛するほど、社会には“いいお母さんだね”と言われる。つまり、私の本能と評価がドンピシャで合致したのが子育てだったんです」
それゆえ、子への愛は暴走しやすく、ある意味、危険でもある。
「仕事や、夫とセックス込みのコミュニケーションがあれば多少はブレーキになりますが、閉じた世界に生きていると、危険ですね」
もちろん、母性が女性を強くすることもあります。シングルマザーである花が、夫の死を乗り越え、前向きに生きる源は娘の存在であり、美しく賢くあっても、どこか欠けた人間である童夢を理解しようとし続けるのは、母の経験があればこそ。花の母性は、サロンを訪れた千夏の過去の傷をも癒します。
「出産後に気づいたんですが、お母さんのエッセンスを入れると、女性の性質はマイルドになるんです。私も昔は仮想敵を作り、“女に家事やらせて働いているだけの男には負けない!”と、威張る男にムカついていましたが、母親になったとたん、“そんな彼らも、誰かの息子”と平和に見られるようになりました(笑い)。花の懐の深さも、母親ゆえのものですね」
3人の女性は、3人ともが生きづらさを感じながら過ごしてきました。花は妊娠、出産後は希望の職場に戻れず、千夏は母親の借金をヌードモデルのギャラで返し、愛美は“不器量”と言われ続けながら成長しました。ひとつひとつはよくあることかもしれませんが、女性ならば彼女たちの抱えるモヤモヤや、つらさに共感する瞬間があるはずです。
「日本の女性って生きづらいですよね。男女差別は現実にありますし、保育園ひとつにしても入園がままならず、母親に負担がきている現状は腹立たしい。でもそんな中でも頑張っている女性に、夢を見せたい。長い間セックスレスでも女を捨てきれない人に、セクシーな男に耳元でささやかれる夢を見せたい。いちばん書きたかったのは、そこ。女が見るファンタジーです」
童夢が花、千夏、愛美に見せた夢はそれぞれ全く別のものですが、3人はそれぞれ同じくらいの幸せを感じました。でも、その夢を現実に引きずった結果はまた別で──。気になる人は、ぜひご一読を!
■取材後記「著者の素顔」
「表紙のイラストは、ルブタンのハイヒールが折れたイラスト。ルブタンのハイヒールって、自信の象徴なんです。でも自分で買わなきゃ意味がない。男に買ってもらっても、自信は買えませんから」。作中には、折れたハイヒールをはいた心理の女性たちが出てきます。「勝ち組、負け組なんていう言葉がありますが、結局、自分が無理せず幸せになったもの勝ちです」。ヒールを脱ぐか、折れたままはくか、新たに買うか。正解もそれぞれ!
(取材・文/中尾 巴 撮影/斎藤周造)
〈著者プロフィール〉
リリィ 1981年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨークなどでの海外生活を経て、大学在学中から音楽ライターを始める。25歳の時に恋愛エッセー『おとこのつうしんぼ』でデビュー。小説『空とシュウ』『ブラックムスク』、自伝的エッセー『Tokyo Dream』など意欲的に作品を発表。20~30代女性から熱狂的な支持を得る無冠の女王として、精力的に活躍中。