■書き始めて約15年。問題は当時と変わっていません

 中日・東京新聞での連載が500回を超え、11年目に入った長寿連載『妻と夫の定年塾』。

 定年後の夫婦の生活を、時に面白おかしく、時にしんみりと、また時には辛らつに描写した文章は、幅広い世代の読者から共感を得てきた。

「私は、これをリアルなショートショートと呼んでいるの。いろんな夫婦から聞いた話をもとに、創作を加えてストーリーを作り上げているんです」

 連載をまとめた本も今回で5作目。当初は、こんなに長く続くとは思っていなかったと、著者の西田さん。

「定年夫について書き始めて、もう15年くらいになります。でも、残念ながら問題は当時とほとんど変わっていません。家にずっといる夫に悩む妻からの相談は、今も昔も同じですね」

 定年後、みのむし色のジャージで家に引きこもり、1日中テレビの前でゴロゴロ。家事は一切手伝わず、黙っていても3食出てくると思い込んでいる夫たち。彼らを、西田さんは“みのむし夫”と命名した。

「全員が“みのむし夫”ではないけれど、そういう人が圧倒的に多い。男性は、定年になると人生終わったように思ってしまう。そこが不思議ね。女の人生には切れ目がありません。定年がないから死ぬまでご飯を作らなきゃならない。一方、夫は60歳でひと区切り。本人もどうしていいかわからなくてつらいんでしょうね。奥さんがうまくリードしてあげればいいんだけど、それができない。自分で考えればいいでしょ! とカッとなって。とにかく、家に夫がいるのが嫌という感情が先に立ってしまう」

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 そんな夫婦の関係は悪化し、ついには家庭内別居の状態に……というのが、よくある悲しいパターン。ところが、西田さんは、自分の夫をイチから教育してしまった。

「月水金は夫に食事の支度をやらせたの。そうしたらどれだけ大変かわかったみたいね。家事にはお正月休みも何もないのよ、と。そうなんだよなあと、夫は初めて気づきました。考えてみれば、夫が一生懸命働いてくれたおかげで子どもも学校に行かれたし、家も建てられた。感謝しているんです。だから、“60歳はまだまだ若い。じいさんになって老け込むにはあと20年以上あるのに、今から『生前死後硬直人間』になっちまってどうするのさ”。そうおだてつつ、夫を教育しました」

 とはいえ、家のことは何もしない夫を教育するのは、相当な努力と忍耐が必要なはず。妻の多くは教育半ばであきらめモードになりがちだ。

「元サラリーマンは12時になるとお腹がすくんですよ。女ひとりならゆうべの残り物やアンパンで臨機応変にできるでしょう。それと男がよく言う“簡単なものでいいから準備して”って言い分もねえ……腹が立つでしょ? 怒って家出したことがありますよ。でも、夫を育てられるのは妻だけなんです。彼らはひとりでは育たない。初めから教えるのは大変だけれど、それを覚えた夫は元気が出て、家庭もうまくいくんですよ。妻もツンツンしてるだけじゃダメよ。わかるように話をしないと」

■横並びディナーで夫婦の関係を改善

 西田さんは“定年塾”と名づけた集まりを10年以上も開催している。この“定年塾”の目的は、定年後の暮らしをより豊かにし、風通しのいい夫婦関係を作ることにある。

「定年塾の参加者は、夫婦もいれば、ひとりの方もいます。参加者には必ず話してもらうんです。例えば男性なら、自分が定年前に会社でどういう仕事をしていたか。どんな立場で、どういう人間関係があったか。そういう話って、女性は聞いたことがないんですよ。そこで初めて、テレビと昼寝だけのオジサンじゃなかったことがわかります。これからはもう少しやさしくしてあげよう、妻は反省するんですね。団塊世代の妻との平均会話時間は5分と言われているぐらい。夫婦といっても本当に互いのことを知らない」

 定年夫との関係に悩む妻たちに、西田さんが必ずしているアドバイスがある。

「どんな小さなケンカでもそのままにしないで、まじめに話し合うこと。ささいなことも後で積もり積もって大変なことになりますから。話し合うのに家の中はダメ。きちんとおしゃれして夫婦で出かけます。ホテルのレストランみたいな場所がいいわね。そして、横並びに座る。向き合うと冷静になれないものです」

 定年は先の話だと思っている熟年世代も油断は禁物。夫の教育は早く始めるほど効果的なのだと言う。

「現役時代に仕事をやって家に帰るだけでなく、男は(趣味と)二足のわらじをはいたらいいんです。会社と家庭の往復以外に自分の大切な時間を持つ。子どものころ、貧しくて習えなかったピアノをやるとか、コーラス、演劇、何でもいい。年だからってあきらめるなんてもったいないわよ、と夫に言ってあげる。そうやって、二足のわらじをはいてきた人は定年後の生活も楽しそうですよ」

 夫婦の老後は、妻の腕次第ですね!

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『妻と夫の定年塾Ⅴ』1300円/中日新聞社

■取材後記「著者の素顔」

「ミステリーが好きで、昔はミステリーを書いていたの。今も書きたいんだけど、毎週連載をやっているから時間がなくて。80歳で直木賞とかカッコいいじゃない? でもあと7年ぐらいしかないから、急がないとね」と西田さん。実は、美大に入ったのも41歳のときなのだとか。「100人入って4人しか卒業しない」通信制を卒業できたのは、持ち前の負けん気の強さゆえだと笑う。「何歳から始めても遅くない」という台詞も、西田さんが言うと説得力を持ちます。

(取材・文/ガンガーラ田津美 撮影/齋藤周造)

〈著者プロフィール〉

にしだ・さよこ 1941年、東京都生まれ。作家。「定年塾」主宰。武蔵野美術大学卒業。定年後の夫婦の生態を新聞に連載し、「みのむし夫」「こたつむり妻」などの造語で話題を呼ぶ。著書に『定年漂流』『定年夫は、なぜこんなに「じゃま」なのか?』ほか、多数。全国各地で講演をしている。

「定年塾」http://www.t-net.ne.jp/~t-teinen/