東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発(以下・1F)の事故から4年9か月。東電は「福島への責任を果たす」として、’13 年1月に福島復興本社(楢葉町)を設置。福島第二原発(以下、2F)の元所長・石崎芳行氏(62)が代表に就任した。
原発事故は家族をバラバラにさせた点も大きい。
「最大の罪はコミュニティーを壊したこと。震災当日は、かつて住んでいた富岡町にまた住むつもりで、アパートの内覧に行くはずだった。住民の方々と仲よく暮らしたいと思っていたのですが……」
風評被害には、どう取り組むのだろうか。
「一部の風評被害にも賠償はしている。ただ、それで風評被害がなくなるわけではない。米の全袋検査をしているのは福島県だけ。でも福島県産品が買い叩かれ、売れません」
東電としては、まずは、みずからが「食べて応援」を実践しているという。
「廃炉作業員のための給食センターが昨春、できました。1日2000食分を作っています。福島のものを使い“おいしい”“安全だ”ということを知っていただく」
除染作業が長引く一方、飯館村では、9月の豪雨で除染によって出た放射性廃棄物を入れていた袋が破れたり、袋が川に流出してしまった。
「当初は除染の工程が一定ではなく、方法も統一されていなかった。改善するには中間貯蔵施設を作ることですが、まずは、仮置き場自体を整備するしかない。除染廃棄物を入れる袋も破けないようにしないといけません。前例のないことをしています」
原発再稼働が相次ぐなか、高木毅復興大臣は、就任会見で2Fの再稼働の可能性を口にしていた。
「福島県は廃炉方針だが、2Fの廃炉は未決定。海側の設備も津波にやられたまま。現実として発電できません」
石崎代表は、2F所長時代に住んでいた富岡町などの住民とのつながりを生かし、被災者と向き合う。フェイスブックに被災地の写真を載せたり、地震時には原発への影響について情報発信もしている。
「先日、富岡町の人から結婚披露宴へ招待されました。誰ひとり厳しいことは言わなかった。もう1度、富岡町の住民のみなさんと地元でお酒が飲みたい」
石崎代表の復興への熱意は伝わった。ただ問題は山積みで、生活を取り戻せない住民は多く、東電の責任は重い。
取材・文/渋井哲也(ジャーナリスト)