TPPの大筋合意が報じられた昨年11月から、テレビや新聞は歓迎ムード一色。輸入品が安くなる、輸出が増える、地方の特産品も海外進出と景気のいい話ばかり。きわめつきは昨年末に政府が出したTPPによる経済効果の試算。GDP(国内総生産)が13.6兆円も増えるとはじき出した。
しかし、厄介なのは『非関税障壁』の存在だ。
「投資したり、工場を作ったりして外国へ進出している企業が、外国の法律や規則によって当初予定していた利益を得られないとき、非関税障壁に当たるとして外国政府を訴えることができます」(TPP問題に詳しいNPO『アジア太平洋資料センター』事務局長の内田聖子さん)
このように投資家(企業)を保護する仕組みが盛り込まれたルールを『ISD条項』という。
「とにかく気に入らないから外国政府を訴えるというものではないです。ただ、FTAの数自体が膨らむ一方なので、ISD条項を使った訴訟も年間400~500件と増加傾向にあります。申し立て期間を制限したり、訴えの内容を公開したりして訴訟乱発の防止措置をとると日本政府は強調していますが、たいして効果はないでしょう」(内田さん)
もし外国企業に日本政府が訴えられたら? これも米韓FTAから予測可能だ。TPPに詳しい立教大学の郭洋春教授が説明する。
「ISD条項に抵触しているとして、アメリカの投資会社『ローンスター』が韓国政府を相手取り国際紛争仲裁センターへ訴訟を起こしています。ローンスターは'03年に韓国の銀行を買収し、'06年から売却に動きましたが、一定期間は保有して経営実績を上げるべきだとして韓国政府に転売を止められました。 そして売れないままFTA発効の'12年を迎えたのです。“'06年に売っていればかなりの利益が得られたのに、売る時期を逃して損をした”と主張しています」
企業に訴えられた政府は、何もしなければ相手の言い分を認めたことになり、裁判で敗訴してしまう。
「ローンスターの裁判で韓国政府がかけた訴訟費用は5億円ほど。負ければ何十億、何百億の賠償金もかかる。これらはすべて税金でまかなわれます。負けると怖いから和解や示談に持って行こうとか、あらかじめ国内の法律を変えてしまおうとする“萎縮効果”も加わり、韓国ではFTA発効から2年で80近い法律が改正されました」(郭教授)
不安要素ばかりのTPPに日本が参加する理由は?
「日米関係を強化する意味合いが大きい。基地問題や安保法制と同じで、アメリカの要求は無条件で受け入れなければならないとされているからでしょう。日本のTPP参加表明から遡る'08年の時点で、アメリカから日本の経産省や外務省に対し、TPP検討の指令が下されていたという文書を情報公開サイト『ウィキリークス』が暴露しています」(内田さん)
TPPを発効するには、参加国それぞれの議会での承認、批准という国内手続きが必要だ。
政府は今月4日に始まった通常国会での承認を目指しているが、ほかの国が手続きに手間 取ればそのぶん、発効は遅れる。
「ほかの参加国では医療関係者や労働組合、環境団体の反対が多く、日本とは比較にならないほど国会議員への影響力も強い。そう簡単にはいかないでしょう。なかでもアメリカはいちばん厳しい。大統領選の16人の候補者のうち、2人を除く全員がTPPに反対しています。批准できずに抜けてしまう可能性もある」(内田さん)
たとえTPPが空中分解した場合でも、これと並行して進められた日米2国間協議の取り決めは「その後も生きる恐れが高い」。