羽生結弦のジュニア時代から現在までの約8年間を取材してきたスポーツライターの野口美惠さんの著書『羽生結弦 王者のメソッド 2008-2016』(文藝春秋)が発売された。
この本は、そんな野口さんが30時間もの取材テープをもとに、羽生のスケート人生とその中での葛藤、そこから生み出された成長するための方法である“羽生メソッド”を具体的に解説したものだ。
普段からほかの選手の技術を分析しながら、自分の成長につなげるという“貪欲”な羽生結弦。そんな“羽生メソッド”が最高の成果をもたらしたのが、昨年12月に行われた今シーズンのGPファイナル。
ショートとフリーの合計が330.43という前人未到の記録で、大会3連覇を果たした。
「あのときは、1か月前のスケートカナダでパトリック・チャンに負けていたことからものすごいライバル心を抱いていました。負けた悔しさでモチベーションを上げ、“なぜチャンのほうが点数が上だったのか”というのを冷静に分析し、それを超える練習をしたんですね。
ほかの選手だと“負けた、悔しい。もっと練習します”という感じですが、彼の場合は“自分とチャンの何が違うのか”を考える。さらに、気持ちの部分ではライバル心をあえて燃やす。ただ悔しいではなく、あえてそう思うことにしているんです」(野口さん)
結果として、自分自身を完璧にコントロールして、最高の成果を出した。でも、そのあとの全日本選手権では、大会4連覇こそ達成したものの、こう振り返った。
「ひどい演技をしてしまった。自分の中では勝ったとは思っていない」
それから3か月ぶりの大会となるのが、3月30日に開幕する世界選手権。昨年はハビエル・フェルナンデスにわずか2・82点差で競り負け、準優勝に終わっている。フェルナンデスとは同門でもあるし、ライバル心は人一倍、強いはず。
「すごく勝ちたいでしょうね。トロントでは、ふたりで切磋琢磨しているそうです。世界では、このふたりだけが300点超えをしている。
羽生クンはライバルがいると頑張れるタイプだし、フェルナンデスは誰かがいることによって引っ張ってもらうタイプ。最近だと、チャンもフリーで200点を超えていて、この3人が異次元の世界に足を踏み入れている印象です」(野口さん)
では、羽生が金メダルをとるためのカギは?
「全日本選手権で、日本のファンの前でミスをしてしまって、そんなふがいない自分に勝ちたいという高まりが彼の中にあるでしょうね。フェルナンデスはまだ、ショート2本、フリー3本の4回転を含めノーミスの試合はないですが、ちょっとした失敗で負けてしまうこともありえます。
チャンを含めた3人がズバ抜けている状態なので、それぞれ自分がどう気持ちを持っていけばいい演技ができるのか。ここを分析できているかどうかだと思います」(野口さん)
実力が拮抗しているからこそ、ひとつのミスが命取りになるのだ。しかし、彼にはとっておきの“必殺技”を披露する可能性も。
「公式戦では誰も成功したことのない4回転ループというジャンプですが、羽生クンならプログラムに組み込む能力は十分にあります。曲の中で入れるのは普通に跳ぶのとはまた違うので、挑戦にはなりますが。
調子がよくて、フェルナンデスよりもレベルの高いことをやりたいと思っているモチベーションであれば、演技構成に入れることもあるかも」(野口さん)
さらに、勝ち負けとは別のテーマを追いかけているのでは、とも。
「自分の達成した330点が目標であるとは言っています。というのは、点を超えるというよりも、そのときの演技がとてもよかったから同じような演技がしたいということです。得点に表れない部分も含めて“人を魅了する”ような、引退後も語り継がれるような演技がしたいのでしょう」(野口さん)