今年1月、イギリスの科学雑誌『ネイチャー』に衝撃的な論文が掲載された。米国スタンフォード大学の研究によると、女性が食物繊維の少ない食事をしていると、子どもの腸内環境が悪くなり、孫では悪玉菌ゴッソリの“最悪の腸”になり、そのまま、ひ孫にまで受け継がれるという。
食物繊維に詳しい大妻女子大学家政学部食物学科教授、青江誠一郎先生に聞いてみた。
■ヨーグルトではなく食物繊維なのはどうして?
「今回の研究者たちは、アフリカや南アメリカの農耕民族と、アメリカに住む人の腸内細菌を比較しました。農耕民族の腸内細菌には多様性があり、都市部に暮らす人には多様性が少ないということがわかり、これをベースに今回の実験を行っています」
研究グループは、人間のデータをもとに、腸内細菌がいない無菌のマウスに、人間の腸内細菌を移植。
「マウスを食物繊維の多い食事を与えるグループと少ないグループに分け、4世代先まで腸内環境を調べました」
1世代目は最初の状態で善玉菌が60%だったが、食物繊維の少ない食事をとっていると50%に減り、その子どもは40%に、さらにその次は20%にまで下がってしまった。
「ここまでくると、いくら食物繊維が多い食事をとっても、元には戻りません」
わずか3世代で、悪玉菌がウジャウジャの最悪の腸になってしまったのだ。一方、食物繊維の多い食事をとっていたグループは、4世代先まで最初の状態からほとんど変わらなかった。そもそも子孫の腸内環境を守るのに、ヨーグルトではなく食物繊維なのはどうして?
「ヨーグルトはもちろん腸内環境を守ることに有効ですが、定着せずに通り過ぎていくものです。一方、食物繊維は自分にもともといる善玉菌を増やしてくれるのです」
■食物繊維のプレバイオティクス効果
食物繊維が健康によい働きをしていることは、広く知られている。それを分類すると次の9つになる。
1.糖質の吸収を抑える
2.脂質の吸収を抑える
3.お通じ改善
4.腸の病気予防
5.プレバイオティクス効果
6.ホルモン分泌機能向上
7.免疫機能向上
8.有害物質の排出
9.有効ミネラルの吸収促進
今回の研究につながるのは、5番目の『プレバイオティクス効果』だ。
「プレバイオティクスとは、小腸で吸収されず、大腸まで到達し、乳酸菌やビフィズス菌のエサになって、善玉菌の増殖を助ける働きをするものです」
子孫のお腹の中を守るには、食物繊維のプレバイオティクス効果にお世話になるしかないのだ。
「それには食物繊維をただとればいいというものではありません。上手にとるにはコツがあります」
■善玉菌のエサになるのは『発酵性食物繊維』
コツを知るためには、まず食物繊維の種類を知っておこう。食物繊維のメジャーな分類方法として『水溶性食物繊維』と『不溶性食物繊維』がある。水に溶ける食物繊維が水溶性、溶けないものが不溶性だ。善玉菌のエサになるのは、水溶性食物繊維。さらに近年では、不溶性食物繊維の一部もプレバイオティクス効果があることがわかった。
上手に食物繊維をとるには、水溶性と不溶性という分類ではなく、「善玉菌のエサになる食物繊維」と「エサにならない食物繊維」という分類を頭に入れておこう。
「善玉菌のエサになる食物繊維のことを『発酵性食物繊維』と呼んでいます。その名のとおり、腸内で発酵する食物繊維のことです。発酵するということは、すなわち善玉菌のエサになっているということ。将来は水溶性食物繊維と不溶性食物繊維という分類より、『発酵性食物繊維』と『非発酵性食物繊維』がメジャーになると思います」
■なぜ穀物? サプリメントじゃダメ?
さきほどの研究で使われた食物繊維は、まさに発酵性食物繊維。
「研究で用いられた食物繊維は“腸内細菌が利用できる炭水化物”という定義。穀物に含まれる善玉菌のエサになる発酵性食物繊維を利用しています」
実際に研究で利用した食品は、とうもろこし、大豆、小麦、オート麦、ビート、てんさい(オリゴ糖)。オート麦とは、オーツとも呼ばれ、えん麦を脱穀して調理しやすく加工したもの。『オートミール』の名前で知られ、欧米の朝食などで利用されている。
お湯をかけるだけで手軽に食べられることで、日本ではダイエッターが注目している食品だ。食物繊維というとゴボウやこんにゃくを想像するけど、なぜ穀物? サプリメントじゃダメなの?
「サプリメントは、ひとつの成分を抽出したもの。腸内細菌に多様性が必要なように、食物繊維も多様な食品からとりましょう。また、サプリメントはとりすぎによる弊害があります。長期旅行などのイレギュラーなときだけ、必要があれば利用しましょう」
なぜ、穀類なのだろうか。
「毎日の生活の中でとりやすいからです。100g単位の食物繊維の量を比較すると、ニンニクやエシャロットなどが多いのですが、100gのニンニクって1度に食べられますか?」
量的に多く食べるものといえば、ごはんやパンなどの炭水化物。しかも、毎日欠かさず食べるものだからとりやすく、しっかり発酵性食物繊維も入っている。
「国民健康・栄養調査によると、食物繊維の摂取量のトップクラスに米やパンが入っています。穀物は量を多くとることができるので、食物繊維の量を“稼ぐ”ことができるのです」
■何をどれくらい食べたらいい?
研究で利用された穀物を日本食に置き換えると、米、大豆、大麦、ひえ、あわなど。では、何をどれくらい食べたらいい?
「穀類といっても、精製された白いごはんやパンばかり食べていたら、善玉菌のエサになる発酵性食物繊維は増えません」
青江先生のおすすめは大麦。一般的に『押し麦』という名前で流通している、平べったくて真ん中に線が入った麦のこと。大麦は白米に比べて発酵性食物繊維を10倍以上含んでいるという。
「いつものごはんに3割程度、大麦を混ぜるだけで十分食物繊維の量が稼げます」
さらに、ひえ、あわ、黒米などが入った雑穀米や玄米もいい。では、パンを食べるときにはどうすればいい?
「小麦全粒粉やライ麦パンを選ぶといいでしょう。穀物の皮や発芽部分に、食物繊維が多く含まれているので、それらを残した全粒粉で作られたパンがおすすめです」
オーツが入ったグラノーラを朝食にするのもおすすめ。
「雑穀米が炊けないときや、全粒粉パンが手に入らないときに利用しましょう。腸内細菌がエサにするのは昼なので、朝食でとるといいですよ」
1日1回でもOKとのことだ。