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 フロイト、ユングとともに“心理学の三大巨匠”と並び称される心理学者・アドラーの教えに注目が集まっている。昨年発売された書籍『嫌われる勇気』は大ベストセラーとなり、企業や教育現場でアドラーに関するセミナーが開催されると大盛況。

 アドラー心理学には、毎日を自分らしく穏やかに生きるためのメソッドが詰まっている。

 人生は、思いどおりにならないもの。それを深刻にならずに受け入れるのがアドラーの教え。ベストセラーとなった『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎さんに伺った。

■相手を変えるのではなく、自分が変わること

 『すべての悩みは人間関係の悩みである』というアドラー。親子、夫婦、嫁姑……人間関係の問題をすべてスッキリさせてくれるのか?

「アドラー心理学は人生の問題そのものをなくすことを目指しているわけではありません。生きることは苦しいものです。でも、思いのままに生きられない苦しい人生であっても、幸せになれます」(岸見一郎先生)

 では、アドラーは私たちにどのような生き方を教えてくれるのか?

「アドラーは、『相手を変えるのではなく、自分が変わること』を提唱しました。どれだけ頑張っても相手をコントロールするのは不可能です。まず、自分が“できること”と“できないこと”を見分けるようにします。自分が“できないこと”については考えてもしかたがありません。自分が何ができるかを考えなければなりません」

 個人のカウンセリングを行う岸見先生のもとに、不登校の子どもが心配で、絶望した表情で母親が相談に来たことがあった。

■悲劇のヒロインになってはいけない

「母親に“なぜ悩むのか?”“なぜつらいのか?”と聞くと、“子どもの将来が心配で……”と答えました。このように母親が悲劇のヒロインになっても、問題は解決しません」

 この母親は『課題の分離』ができていないという。

「学校に行くかどうかは、子どもが決めるという意味で子どもの“課題”です。悩むのは親の課題。親が悩んでも、子どもが学校に行くわけではありません」

 では、子育てに悩む母親はどうすればいいのか?

「まず、子どもと仲よくして、親子関係を改善します。“学校へ行きなさい!”など、責めるような態度をとってはいけません。子どもは不登校になって母親の注目をひきたいだけかもしれないので、そういう手には乗らないということです。

 私は“家にいるなら、子どもに家の留守番をしてもらって夫婦で旅行でもしてきたらどうですか”と提案することがあります。学校に行かないことで親の注目をひけないことを子どもが知れば、“この作戦は効果がない”と思い、学校に行くようになるかもしれません」

■叱ったり、褒めたりしてもいけない

 このような物事のとらえ方ができると、悩みが深刻にならずに現状を受け入れられるようになるという。

「この『課題の分離』は、最終目標ではありません。母親と子どもの課題を整理したうえで、協力関係になることが重要です。協力関係は、両者が対等の関係(『横の関係』)でないと成立しません。叱ったり褒めたりしてもいけません。

 なぜなら、これらは上下関係(『縦の関係』)にもとづく行為で、お互いを尊敬し合う関係にはならないと、アドラー心理学では考えます。不登校など、子どもの問題行動ばかりが気になるでしょうが、子どものよい面に注目しましょう」

 不登校という“問題”ではなく、例えば“朝起きて、私に挨拶してくれたこと”など子どものよい面に注目していく。

「そして、よい面を見つけたら“ありがとう”と子どもに感謝します。すると、子どもは貢献感を持って、自信がつき、褒められなくても自発的に行動するようになります」

■人間は感情の奴隷ではない

 あらゆる人間関係は深刻に考えるものではない、と岸見さん。

「夫が朝帰りするようなことがあっても、朝5時に帰宅したときに大声でケンカをふっかけても夫が早く帰るようになるとは思いません。『人間は感情の奴隷ではない』というアドラーの言葉がありますが、自分がわざわざ怒りの感情を選んでいることに気づいてほしい。

  “こんなひどいことを言われるなら、もう家には帰らない”という妻が望まない選択を夫がするかもしれません。夫が朝帰りしたとしても、とにもかくにも帰ってきたのだから、“お仕事、お疲れさま”とお茶を出すことが妻ができることです。

 自分を疑わず、信じ続ける妻を夫がいつまでも裏切り続けることはできません。そんなこと悔しくてできないという人もいますが、夫を責めた結果、帰ってこなかったら嫌でしょう?」

■「ありがとう」この言葉が気持ちいい人間関係を作る

 岸見さん自身も、感謝の気持ちによって親子関係が改善された経験があるという。

「私は父親とはかなり緊迫した関係でした。父親と会うときはなるべく息子にも一緒にいてもらうようにするなど、2人きりでいる状況を極力避けるようにしていたくらいです。

 そんな父親が認知症になり、介護しなければならない状況に直面しました。そのとき、父親が“ありがとう”と言うようになったのです。そういうことを言う人ではなかったので驚きました。

 食事を出したら“ありがとう”、食器を片づけたら“ありがとう”。その次に言うのは“ご飯はまだか?”でしたが(笑)。怒る必要はなく、“もう食べたよ”と教えると、“そうか”と答えてくれました。

 父親が感謝の気持ちを伝えてくれたことで、私の中にあった父親へのわだかまりが解け、穏やかな関係を築くことができました」

 “他人は変えられない”“子どもの課題に親は関係ない”。一見、人を冷たく突き放す印象があるアドラーの教え。だが、そこには“ありがとう”が人を変えるかもしれないという温かいメッセージも詰まっている。

取材・文/田中 潤 イラスト/シライ カズアキ