毎日のように痴漢被害に遭い、泣き寝入りし続けていたひとりの女子高生が立ち上がった。「被害に遭う前に痴漢を防ぎたい!」という切実な思いから『痴漢抑止バッジ』が誕生し、普及し始めている。このバッジは被害者たちを救えるのか? 痴漢問題の現状と有効な対処法は?
「初めて痴漢被害に遭ったのは、高校に入学し電車通学になってからほどなく。満員電車の中でした。ドア付近に立っていたら、お尻に手がのびてきました。わけがわからず固まってしまい、痴漢が降りるまで何もできませんでした。放心状態のまま学校へ行き、帰宅してから母に話しました。でも、どうすることもできず泣き寝入りしたんです」
都内在住の高校3年生、殿岡たか子さん(仮名=17)は2年前に味わった屈辱の生々しさが、今も脳裏から消えない。目立つわけでもなく、派手な制服の着こなしをしているわけでもないことで、おとなしそうで黙っている子と思われるのか、その後も卑劣な痴漢に狙われ続けた。
「学生風、サラリーマン、オタクっぽい人など、痴漢はいつも別の人でさまざまでした。直前まで怪しい様子はなかったのに、いきなり触ってくる人もいて、“あの人は痴漢だ”と先に認識して防ぐのは困難でした」(たか子さん)
痴漢に遭うたび、自分の価値を下げられているように感じ、精神的にひどく落ち込む。それ以上に最悪だったのは、
「助けてくれる人がいなかったこと。明らかに気づいていても目をそらす人、関わるまいと距離を取る人が大半でした」(たか子さん)
母親の殿岡万里さん(仮名=50)は、腹立たしい思いで娘の被害心情を代弁する。
「悪いのは痴漢のはずなのに、見て見ぬふりをされることで、自分まで否定されたような孤独感を味わったのでしょう。被害者側がこんなにも苦しまなければならないなんて」
日本で痴漢が多いワースト8都府県─東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県、愛知県、大阪府、京都府、兵庫県─のひとつ、埼玉県警鉄道警察隊の大渡理一副隊長の証言が、被害者の心の声を裏づける。
「以前は何より痴漢を捕まえることに傾注していました。ですが被害者の話を聞くと、誰も助けてくれず孤立すること、被害に遭っていても声を出せないこと、などに苦しんでいることがわかりました」
満員電車の中で、「この人、痴漢です!」と声を上げることは難しく、周囲もわれ関せずで非協力的。たとえ捕まえても、警察や駅員に保護してもらい被害届を受理してもらうまでには、手間や時間もかかる。痴漢被害者の前に立ちはだかる壁、壁、壁。その結果、泣き寝入り。痴漢がのさばり続けるという悪循環……。
『電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書』(警察庁調べ、2011年)によると、「痴漢被害に遭っても警察に通報、相談していない」と答えた人は約9割。ほとんどの被害が表に出ず、悪くないはずの被害者が泣き寝入りしている実態が浮かび上がる。
負の連鎖を断ち切るために、万里さんとたか子さんは社会に働きかけることを決めた。
被害を事前に防ぐにはどうしたらいいのか。2人は相談し、カードを作った。そこに書いた文字は“痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません”というきっぱりとした意思。
「カバンのショルダーストラップにつけて登下校するようにしました。目立ったけれど恥ずかしいとは思わなかった。痴漢に遭わないほうがよっぽどましだと思ったからです」
と勇気を振り絞ったたか子さん。
「昨年4月にカードをつけてからは、うそみたいに1度も被害に遭わなくなりました」
<『痴漢抑止バッジ』販売店及び協賛企業募集のお知らせ>
一般社団法人痴漢抑止活動センターでは『痴漢抑止バッジ』(税別380円)を販売する店舗及びプロジェクトの協力企業を募集中。詳しくは代表理事の松永弥生さんまで。