1日約4万人にのぼる食のプロたちが厳しい目を光らせ、食材の売り買いを行う築地市場。ここは古きよき時代の伝統を引き継ぎながら、約80年間、日本の食文化の一大拠点であり続けた。しかし、今年11月の豊洲移転に伴い、間もなく閉鎖されることになる。
「レセプションもチラシ配りもせず、シャッターを上げて、さあ来い! って始めたんです」
『朝カラ食堂』の岡崎朝子さんは笑う。未経験の起業なのに大胆だ。それもそのはず、24歳で仕事を辞めて家庭に入ったが離婚。子ども3人を抱えて、さあどうしようと動揺した。
「バイトでは生活できない」と思い、得意な料理を生かした起業を決意したというわけだ。
店舗の場所探しに苦戦して、最後に家の近所の築地が視野に入った。
「ここはもともと倉庫で、飲食不可。ドタバタで造作を始めたので細かいところは手つかずだし、全員起立しないと通れないほど客席も狭くて」
そう謙遜するが、不思議と居心地がいい。そして人が入れかわり立ちかわりやってくる。
朝、昼、夕と、1日に何度も来るお客もいるらしい。食事に、コーヒー、おしゃべりなど、思い思いにくつろいで英気を養い、また自分の持ち場に帰っていく。ここは築地のオアシスだ。だが、癒すべき客人はかの地、豊洲へ行ってしまう。
「お客さんはほぼ豊洲に行くので寂しくなりますね」
経営者としてセンチメンタリズムを乗り越えて、現実の集客を考えなければならない。お客が減るのを見越して、すでにオフィス街への弁当配達を増やすなどの工夫も始めた。
肉や魚のボリュームで勝負する店が多い築地で野菜中心の料理を出し、差別化はできている。女性客や健康志向のお客から評判は上々だ。
「今、弁当は1日約30個作って自転車で配達します。本当は24時間やりたいくらいですよ」