中央自動車道の山梨県・笹子トンネルで'12年に発生した天井板崩落により9人が死亡した事故は、トンネルなどのインフラ老朽化が各地で問題となるなか、施設管理に責任を持つ企業や国の安全対策の強化が急務であることを浮き彫りにした。
また、1964年に開催された東京オリンピックと同時期に整備された首都高速道路は、開通から50年超となり、その老朽化が危惧されている。
■コンクリートは作りっぱなしでいいが“昔の常識”
「もし首都圏直下型地震が起きたら、もっとも怖いのは首都高ならば湾岸沿いでしょう。鋼(はがね)で造られた構造物の老朽化が顕著なうえに、コンクリートもかなりやられていますね」
そう語るのは“コンクリートの寿命と健康管理”を研究する法政大学デザイン工学部の溝渕利明教授だ。
鉄はさびるために老朽化するのはわかる。だが、なぜコンクリートまでが劣化していくのだろうか。
「私も、大学でコンクリートは作ったら作りっぱなしでいいんだ、と習いました。ところがコンクートも傷むんです。傷んでいくことに気づいてはいたけれど、あまり重大視してこなかった。
1980年代、アメリカで落橋事故が頻発したことで、補修を怠ってきたコンクリートが30~50年前後で事故の原因になることがわかってきました」(溝渕教授)
コンクリートができたのは200年ほど前、鉄筋コンクリートとして使われるようになったのは150年前と歴史は意外に新しい。
■沿岸部や降雪地帯のコンクリートが危険な理由
「現在の建造物はほとんどコンクリートの中に鉄筋が入っています。この鉄筋がさびると傷むんです。鉄は寿命が短い。それに対してコンクリート自体も劣化しますが、非常にゆっくり。
化学的には、コンクリートだけなら何万年、何十万年ももつはずです。さびた鉄は膨張し、ひび割れを生じさせます。そのひび割れに水や酸素が入ると、さびが進み、やがてコンクリートが崩落することになる」(溝渕教授)
鉄筋のさびの原因は主に塩害と中性化によるものだ。
「首都高の湾岸が危ないのも海水や潮風の影響によるもの。アメリカで'80年代に次々と落橋したのも、多くが塩害でした。それも沿岸部だけでなく内陸の橋も落ちたんです。理由は、雪を溶かす融雪剤に塩類が含まれているから。それがコンクリートに染み込んで中の鉄筋がさび、崩落につながったんです」(溝渕教授)
■コンクリートのがん
日本ではどうなのだろう。
「中国自動車道は、そこそこ雪が降るので塩害でやられているところも少なくない。山陽新幹線の高架下なども傷んでいます。これは塩害もあるんですが、もうひとつ、コンクリートを傷める原因がある。『アルカリシリカ反応』によるもので“コンクリートのがん”と言われています」(溝渕教授)
特定の石が、アルカリ金属であるナトリウムやカリウムに反応すると、石の周囲にゲル(ゼリー状のもの)を作る。ゲルが水を含むと膨張し、コンクリートにひび割れを生じさせる。それがアルカリシリカ反応だ。
「特定の石とは、火山岩系のものが多い。有名なものでは、輝石安山岩があり、これは瀬戸内海の小豆島の西にある島で豊富にとれたために、阪神地区や中国地区にコンクリート用材料として供給されたのです。
'80年代に相次いでアルカリシリカ反応によるひび割れが見つかり、コンクリートに使用された材料の多くが安山岩系だったことがわかりました。その後、採掘場は閉鎖されて1986年の建設省の通達以降、大幅に減少しましたが、まだまだ予断を許さない状況です」(溝渕教授)
■インフラを作るまでは熱中し、あとは放ったらかし
今後、どのような対策が施されていくのだろうか。
「首都高に関しては、まず湾岸沿いから順次補修を手がけていっています。3年前に、諮問委員会で首都高の更新、改修の提案がなされました。費用は数千億円、10年かけて大改修をするとなれば1兆円規模になります」
コンクリートの老朽化の問題は、人々の意識の問題だと溝渕教授は言う。
「かつて“コンクリートの構造物にはメンテナンスは必要ない”という考え方が常識だった時代があり、さらに“インフラを作るまでは熱中し、あとは放ったらかし”という気分があった。必要なのはライフサイクルの考え方でしょう。
人生設計と同じように、その構造物の一生を考えて、まずどのくらいもたせるのか、どういうふうに手をかけるのか考えていく必要がある。入院してから健康を取り戻すより、健康なうちに鍛えておくほうがトータルでは安く長生きできますから」